蝶子17
「やあ、蝶子。久しぶりだね。連絡をくれて嬉しいよ」
「……お久しぶりね、誠実さん。いきなり連絡してごめんなさい。本来ならするべきでないのだけれど、咲良の連絡先を知りたくて……。って、それは話したわね。わざわざこうしてお時間を作ってくれなくても、連絡先を転送してくれたらよかったのに」
「個人情報だからね。簡単には教えられないよ」
それを言うなら、簡単でなくても教えるべきではないのに。
以前は気付かなかった誠実さんの傲慢さが見えて、残念に思えてくる。
ベルボーイへの態度も横柄で、子どもにも優しくない。
ホテルのロビーで泣いている小さな子どもに対して、舌打ちしなくてもいいのに。
支配人が飛んできて謝罪しているけれど、必要ないことよね。
でも私も同類だわ。
こんなことを素敵な特権だと思っていたんだもの。
「蝶子はここのレストラン、気に入っていただろ? ディナーを予約してあるんだ」
「誠実さん、食事にするなら私の分は払わせてね。もう関係ない男性にごちそうになるわけにはいきませんから」
確かにここの最上階にあるレストランは好きだったけど、それは誠実さんと一緒だと特別な気分になれたから。
でもそれもただの見栄で、味は覚えていない。
それよりも本当にこのまま食事をしてもいいのかしら。
悩みつつもせめて自分の分は支払うと申し出ると、誠実さんはびっくりしたように私を見た。
まあ、今までの私は男性が支払って当然だと思っていたから、お礼を口にしても態度には出ていたのかも。
財布を出すパフォーマンスさえしたことなかったものね。
「いや、二人の関係がどうあれ、ここは俺に払わせてくれ。誘ったのは俺のほうだし、そもそもここではいつもツケだから」
「……わかりました。ごちそうになります」
やっぱりここは食事自体を遠慮するべきだったんじゃないかしら。
咲良のことなら別の探偵でも雇えばすむのに。
だけどたぶん、私も誠実さんと会って話がしたかったのね。
「――どういうことだ? いつもの席じゃないじゃないか」
「申し訳ございません。先約がございまして……」
「先約? そんなもの――」
「誠実さん、いいじゃない。たまには違う席も」
「……蝶子がそう言うなら」
おかしいわ。
誠実さんってこんな人だったかしら。
ただのクレーマーみたいじゃない。
以前は誠実さんと一緒にいると誇らしかったけれど、今は恥ずかしく思える。
彼が変わったの? それとも私?
お料理はとても美味しかった。
今まで誠実さんの話を一生懸命聞くことに集中していて、よく味わっていなかったみたい。
彼の話は正直なところまったく面白くなくて、以前の私はよく耐えていたなと思う。
咲良もよく我慢していたわね。
「まだ怒ってる?」
「え?」
「今日はいつもより無口だから。笑顔も少ないし」
「……そんなことはないけど、咲良のことが気になって」
「ああ、彼女ね」
「いつもより」ってずっと継続しているみたいな言い方が引っかかるんだけど。
そもそも「まだ怒ってる?」って問いかけ自体、ケンカした後の恋人同士みたいで気持ち悪いわ。
咲良のことを聞いたら、デザートは断ってさっさと帰るに限るわね。
「誠実さん、咲良の連絡先を教えてくれる?」
「いや、実は知らないんだ」
「……は?」
「あれからあまりにしつこく連絡してきていたからブロックしていたんだけど、今回久しぶりに探してもなくてね。いつの間にか消えてしまったみたいなんだ」
あ、どうしよう。
すごく殴りたい。
「連絡……してきていたんですね……」
「なぜか急に俺の子かもしれないとか言いだしてさ。どうやらもう一人の男、既婚者だったらしいんだ。それで今さら俺に責任取らせようとしてきてるんだぜ? 最低の女だよ」
「さ……いえ、その、もし誠実さんの子だったらどうするの? 可能性はあるんでしょ?」
「さあ? たぶん俺の子じゃないよ」
最低なのはあなただと、危うく言いそうになって思いとどまったけど、言えばよかった。
それに咲良の彼氏――本命が結婚していたなんて。
それでお金に困ってる?
慰謝料を渋ったのもそのせい?
ご家族は何をしているのかしら。助けてもらえるのかしら。
「――でね、……蝶子、聞いているか?」
「え? あ、ごめんなさい。何て言ったの?」
「色々考えて、俺にはやっぱり蝶子しかいないと思ったんだ。だから蝶子、俺とやり直そう」
皆様、いつもありがとうございます。
本作のコミカライズで咲良と誠実のビジュアルが描かれております。
詳しくは活動報告にもあります。
がうがうモンスター様で連載中ですので、よろしくお願いします(*´∀`*)ノ




