成長2
「僕がどんなに頑張って模範的に行動しても、みんな当然だと思っている。王太子なんだから、って。誰と会話をしてもうわべだけのやり取りで、僕の本心に気付きもしなければ探ろうともしない。それって、それだけ底の浅い人間だと思われているんだよね」
「……まっすぐなところは殿下の長所だと思いますけど。底が浅いという表現は不適切ではないですか?」
「ものは言い様だね。だけど事実、僕は底の浅い人間なんだ」
どうしよう。
いつもと変わらない笑顔と態度なのに、ちょっとお言葉に棘があるわ。
でもそれは私に向けられたものではないっていうのはわかる。
これはいわゆる、反抗期!
殿下も大人の階段を上りかけているのね。
「先日のお茶会では、みんな僕の旅立ちを励ましてくれるよりも、同情することに忙しかったようなんだ」
「同情? ひょっとして私のことですか?」
「……うん。みんな僕と婚約する前のファラーラのことばかりで、今のファラーラを知ろうともしていない。だからといって、僕はみんなを責めることはできないんだけどね。実際、婚約した頃はファラーラのうわべしか見ずに批判していたんだから」
批判していたんですね。ええ、わかっていましたけれども。
ここで嘘でも「僕はそんなことを考えたことなんてなかったよ」とおっしゃればいいのに、それができないところが馬鹿正直――いえ、まっすぐなのよね。
「僕が何度『そんなことはない』と否定しても、みんな庇っているだけだと信じてくれなかったんだ。王太子として模範的な行動をしているだけだってね。だからもしファラーラがこの場にいればもっときちんと反論できたのにって、ファラーラがいないことに余計苛立ってしまったみたいだ。そんな自分勝手な苛立ちをファラーラに向けるなんて最低だった。本当にごめんね?」
「い、いえ! ですから謝罪は必要ありません。私だってエヴィ殿下に失礼な態度を取ったのですから。申し訳ありませんでしたっ!?」
「いっ!」
「す、すみません!」
今日は私の謝罪の日なのに、殿下が何度も謝罪されるから慌てて頭を下げたら『ごちんっ』っていい音がしてしまったわ。
痛い……。
お笑いは必要だけど、こんなところで定番のネタはいらないのよ。
ぶつけた頭をさすりながら見ると、同じようにぶつかった箇所をさする殿下と目が合ってしまった。
それからどちらともなく笑いだす。
だってもう、間抜けすぎて笑うしかないもの。
「……今さらだけど、この前のお茶会にファラーラは招待されていなかったんじゃないかな?」
「え!? いえ……それは……」
「いいよ、サラたちを庇わなくても。冷静になって考えてみれば、ファラーラだけでなく公爵夫人までいらっしゃらないなんてあり得るわけがなかったんだ」
庇っているわけではなく、プライドの問題ですけどね。
でもそこにお気づきになるなんて、本当に殿下ってば成長されたんだわ。
感無量。
「出発前に仲直りできてよかったよ。嫌な思いをさせてしまったのに、今日は会いにきてくれて本当にありがとう」
「いえ……私は……仲直りできて、嬉しいです」
そうよ。
今日の目的は殿下と仲直りして、周囲に見せつけて、サラ・トルヴィーニをぎゃふんと言わせることだったのよ。
別に寂しくなんてないもの。
「一年……のご予定なんですよね?」
「いや、もう少し長くなるかな?」
「え?」
「卒業まではトラバッス王国の学院に通うつもりだから。それにせっかくなので、他の国も少し見てから帰ろうと思ってるんだ」
「そ、そうでしたの……」
リベリオ様のうーそーつーきー!
全然一年ではないじゃない。
「だけど、ファラーラが社交界デビューする前には帰ってくるよ」
「社交界デビュー?」
「うん。エスコート役が必要だよね?」
「そうですね……」
確かに社交界デビューする日にエスコート役は必要だけれど。
それって私が学院を卒業してからだから、二年以上も先よ。
さらに長いじゃない。
それにあの悪夢の中の私は、社交界デビューの日にずっと殿下を独り占めしていたのよね。
他の女の子と踊らせないばかりか、男性とお話するときもべったり腕に絡みついていたのよ。
ああ、それこそ悪夢だわ。
我が儘で傲慢で、なんて気が利かなかったのかしら。
「……僕が遊学する話は、ファラーラと婚約する前からあったんだ。ただ僕に踏ん切りがつかなくて……。遊学させなければならないほど僕は国王陛下にとって頼りないのかなと卑屈に考えてしまっていたし、王妃陛下は反対されていたからね。遊学を今回決めたのは勢いでもあったけど、今は自分を成長させるために本気で頑張ろうと思っているよ。もう国王陛下に認められたいとか、王妃陛下の顔色を窺ったりしない。僕が王太子である事実はどこに行っても変わらないけど、僕自身は変われると――変わる努力をするよ」
まさかの自分探しの旅というやつですか?
リベリオ様から殿下に感染してしまった中二病は重症のようだわ。
中二病の最悪なところは、自分しか見えていないばかりに周囲を置いて行ってしまうところよね。
だから私を物理的に置き去りにして二年以上も遊学なさると。
私がおとなしく待っていると思ったら大間違いなんだから。
二年もあれば人は心変わりをするものよ。
それに今、殿下のことを好きってわけでもないけど。
ええ、おっしゃる通りほんの少しは好きかもしれないけれど、それは友情よ。
「――日々あったことを手紙に書くよ」
「べ、別にご無理をなさる必要はありませんわ。殿下はお忙しいでしょうから」
「無理じゃないよ。僕が書きたいんだ」
「ですが、私は忙しいですから、毎回お返事を期待なさらないでくださいね?」
「うん。わかった」
私は意地悪を言っているのに、なぜ殿下は笑っていらっしゃるのかしら。
ひょっとして遊学にいらっしゃることで大人になった気分なのかも。
それはまだまだ子どもな証拠。
私なんて将来、海外で悠々自適生活するんだから。
「ファラーラ、もしよければ、出発のときは見送りに来てくれないかな?」
「はい、喜んで!」
しまったわ。
ちょっと返事が早すぎたみたい。
ここはもう少しもったいぶるべきだったわね。
だけど学院をサボれる――いえ、みんなに殿下との仲を見せつける機会だから。
しかも殿下から見送りを頼まれたことをアピールしないと。
ふふふ。
殿下がご出発されるときは、名女優ファラーラ・ファッジンの演技力をとくと見せつけてあげる。
みんなハンカチを用意しておくがいいわ。
おほほほ!




