本音1
しばらく歩いて到着したのは予想通りの場所。
王宮で要人が使う応接間。
殿下にはまだ執務室はないから仕方ないのよ。
だって以前も殿下に約束してお会いするときはこのお部屋の並びのどこかに通されたもの。
その後は我が儘を言って内宮に連れて行ってもらっていたけど。
従僕が扉を開けたから、ミーラ様の手を握って一緒に入る。
だってほら、ミーラ様にとっては初めての場所で緊張しているみたいだからね。
私は慣れているから平気だもの。
別に殿下も誰もいらっしゃらなくても、ミーラ様と二人でおしゃべりしながら待てるもの。
ふん!
そりゃ、以前は「私を待たせるなんて!」って怒って周囲に八つ当たりしたわ。
そのせいか、従僕や控えていたメイドはびくびくしている。
少し前までのシアラを思い出すわね。
「――ありがとう」
「は…………い、いえ! 恐縮でございます!」
お茶を淹れてくれたメイドににっこり笑ってお礼を言えば、かなり遅い反応が返ってきた。
私がお礼を言ったのがそんなに理解できなかったの?
それならしっかりその目と耳に焼き付けて理解するといいわ。
謙虚なファラーラ・ファッジンをね!
そして王宮中に広めるのよ。
私が優しくて可愛くて儚げで頭もよくて、サラ・トルヴィーニなんて足下にも及ばないのだと。
さて、ここから第二幕が始まるわ。
息を大きく吸って、ゆっくり吐き出す。
するとあら、不思議。
愁いを帯びたため息の出来上がり。
「ファラーラ様がそのように深呼吸なさるなど、それほど緊張なさっていらっしゃるのですね……」
「え? いえ、これは――」
「ですがご心配には及びません。きっと殿下はわかってくださいますもの。ご遊学されるのが寂しくて、ファラーラ様がつい意地を張ってしまわれたって」
「あ、う、そ、そうかしら……」
ため息のつもりが少し大げさだったみたい。
ミーラ様に誤解されてしまったわ。
それに寂しいのは事実かもしれないけれど、別に意地を張っているわけではないのよ。
ちょっと……ほんのちょっとだけ腹を立てただけなんだから。
だけど、まあいいわ。
お茶を淹れたメイドも扉の傍で控えている従僕も私のいじらしさについての話が聞こえたようだから。
そうなの。
ファラーラ・ファッジンは薄情だから殿下の壮行会という名目のサラ・トルヴィーニの見栄っ張りお茶会に欠席したわけではないのよ。
殿下を笑顔でお見送りすることができなくて欠席したの。
招待されていなかっただけ。――ということでサラ・トルヴィーニの陰険さを広めようかとも思ったけれど、それはほら、私にも立場があるから。
そこは大目に見てあげましょう。
とにかく、ここの持ち場を離れたら大いにファラーラ・ファッジンのいじらしさと儚げさと可愛さを広めていいのよ。
今までの噂にあった私はただの子どもの我が儘だっただけ。
大人への階段を上っている私は大きく成長したんだから。
そう、シンデレラのようにガラスの靴を置き去りにするなんて小賢しい真似はしない。
私はファラーラ・ファッジンよ?
王子様なんて必要ないわ。
「――王太子殿下がいらっしゃいました」
やっといらっしゃったー!
って、遅い。遅いわ。
この私を待たせるなんてどういうつもりかしら。
だから、ミーラ様のように急いで立ち上がったりなんてしないわ。
殿下をお迎えするのだってゆっくりでいいのよ。
ふふん。
従僕の知らせと同時に開かれた扉から入ってきたのは近衛騎士たち。
そうね。不審者がいるかもしれないものね。
殿下は彼らに守られるようにして後から入っていらっしゃった。
あら? どこか殿下の雰囲気が違う気がするわ。
今まではいつも微笑んでいらして、神の御心のような広いお気持ちで全てを許してくださりそうだったのに。
まさかのご機嫌ナナメ?
これはシナリオ1から、シナリオ3に急きょ変更が必要だわ。
屈辱だけれど、ちょっと下手に出つつ様子を見なくてはいけないわね。
その後、状況によってはシナリオ4にシフトしなければ。
「待たせてしまったようだね。退屈していなかったのならよいのだけど」
「退屈だなんてそんな、遅すぎて待ちくたびれましたわ」
あ、間違えた。




