駆け引き3
長い、とても長い三日間だったわ。
いったいどれだけ頭の中で、今日この日をシミュレーションしたかしら。
ミーラ様に協力はしてもらうけれど、それはあくまでも現場でのこと。
一人孤独な(頭の中の)戦いだったわ。
それもようやく日の目を見るのね。
ふふふ。
演技練習もばっちり。上手くいくこと間違いなしだわ。
「――ファラーラ様、本当に私などがご一緒してもよろしいのでしょうか?」
「そんな……ミーラ様だからこそ、傍についていてほしいの。でないと私、ちゃんと殿下にお伝えできるか不安で……」
「わ、わかりました! 私にお任せください!」
子爵令嬢のミーラ様は王宮へ行ったことはなくて不安かもしれないけれど、私がついているから大丈夫よ。
王宮なんてただ豪華なだけの博物館か何かだと思えばいいの。
まあ、少し前の私は王宮に住みたくて仕方なかったけれど、今は広いだけで不便だと思うのよね。
やっぱり空を飛べると便利だわ。
でも箒だと安定性の問題があるようだし、蝶子の世界で見た乗り物がいいかも。
ハンドルがついてて、車輪が二つの……マイウェイみたいな名前の乗り物。
あら?
それなら浮遊しなくても車輪が動けばいいだけだから……。
うん。わからないわ。
これはまたフェスタ先生に……いえ、お爺ちゃんに提案しておきましょう。
そうすればきっとフェスタ先生がどうにかしてくださるわ。
王宮の正面に馬車が到着したときは、ミーラ様はとても興奮していた。
だけど私はその意味を悟ってどんより気分。
要するに、今日は内宮への招待はないってことね。
以前の私なら招待されていなくてもかまわず立ち入っていたけれど。
私を止められるのは殿下か王妃様くらいしかいらっしゃらなかったものね。
陛下は噂ではめったに内宮にはお戻りにならないらしいし。
今思い出せば、殿下も王妃様も偽りの微笑みを浮かべて歓迎してくれていたわ。
はあ、虚しい。
「――ファラーラ様、大丈夫ですわ! 殿下はお優しい方ですもの。ファラーラ様がこうして足を運ばれたことを喜ばれるのではないでしょうか!」
「……ありがとう、ミーラ様。本当に心強いわ」
「いえ、私は何もお力にはなれませんが、お傍にいさせていただくことだけはできますから!」
私ってば、ミーラ様の存在を忘れて考えに耽っていたから、余計な心配をかけてしまったわ。
いえ、余計ではないわね。
もう幕は上がっているんだから。
ここは儚げな笑みで演出しましょう。
「ファラーラ様がそのように引きつった笑みを浮かべられるなんて……。私の前では無理してお笑いにならなくてもよろしいのです」
「え、ええ。ありがとう……」
おかしいわね。
儚げさを演出したはずなのに。
まあ、いいわ。
どちらにしろ、同情はたっぷり買えているもの。
もちろん私が同情してほしいのは周囲にいる王宮仕えの者たち。
本気で心配してくださるミーラ様には申し訳ないけれど、彼らから噂を広めてもらわないとね。
「殿下が一年も遊学されるなんて、あまりにもショックでお茶会に出席することもできず……考えたくもなくて勉学に逃げてしまったけれど……。せめて笑顔でお見送りしたいのに、上手く笑えていないなんて……」
さあ、ここでもう一度儚げな笑みよ。
今度は俯き加減にしてみれば、引きつっているなんて思われないはず。
「ファラーラ様、涙を堪えていらっしゃるのですね。本当になんと健気な……いえ、私のような者が申すことではございませんでした」
「――いいえ、ミーラ様は私の大切なお友達ですもの。お傍にいてくださって、慰めてくださるから私はここまでくることができたの。本当にありがとう」
「ファラーラ様……」
おかしいわ。
今度こそ儚げな笑みを浮かべたつもりだったのに、泣きそうだと思われるなんて。
でもここで挫けないのが私、ファラーラ・ファッジンよ。
ミーラ様には申し訳ないけれど、その勘違いを利用させてもらうわ。
普段はお友達のミーラ様も、王宮で騎士や使用人たちに囲まれた状態では身分を気にして遠慮されているみたいね。
だからそんなことは気にしないでって気持ちと(これは本音よ)感謝の気持ちを表すことで、ほらみんな感動しているわ。
私はこれから愛する(ことになっている)婚約者を一年もの遊学に送り出すことに悲しんでいるのよ。
ただの友達でしかないサラ・トルヴィーニとは違うの。
さあ、みんな。私のこの儚げな姿を広めてちょうだい。
そして同情するがいいわ。
おほほほ! ……はあ。




