駆け引き1
教室に戻ると、ミーラ様とレジーナ様がすごく心配してすぐに駆け寄ってきてくれた。
だからもう大丈夫だと――ショックを受けたのは殿下のお誕生日をお祝いできなかったせいだと説明しておく。
だって、やっぱり〝寂しい〟だなんて恥ずかしくて言えないもの。
お二人は納得してくれたようで、それなら先にプレゼントを渡してはどうかと提案までしてくれた。
そうよね。
お誕生日に遊学先にお届けするのもいいけれど、先に謝罪文でお誕生日のことに触れてしまうのだからサプライズ感はないものね。
その後は楽しくいつも通りに学院で過ごして帰宅。
ええ、別にポレッティ先輩たちがサラ・トルヴィーニたちと昼食をご一緒していたとかどうでもいいもの。
殿下が会いにきてくださることもなかったからって、全然ちっともまったく気にしていないわ。
謝罪のお手紙については下書きはもう書いていて、エルダもちゃんとチェックしてくれたんだから。
あとはこれを清書すればいいのよ。
でも『ごめんなさい』は本当に書くべきかしら?
正確には『申し訳ございませんでした』だけど、動揺してしまったってことだけ書けば何となく伝わると思うのよね。
「――ファラーラ様、お邪魔して申し訳ございません。ジェネジオが参りました」
「わかったわ。それでは通してくれる?」
「かしこまりました」
授業の合間にジェネジオにプレゼントの用意を催促する手紙を書いて出したから、それについてやってきたのね。
もしまだ用意できていないようなら早急に準備させないと。
「お久しぶりです、お嬢様」
「そういえばそうね。最近はもっぱら手紙でのやり取りだったものね。それで、殿下のお誕生日の贈り物の準備はできたの?」
「はい。ちょうどお届けしようと思っておりました。どうぞお手に取ってご確認ください」
さすが抜かりがないわね。
ジェネジオが木箱とシルクの布をそっと丁寧に開いて差し出してくる。
それを手に取ってチェックしていると、ジェネジオがのんびり見守りながら嫌なことを口にした。
「殿下が遊学されるそうですね?」
「……さすが、耳が早いわね」
「そうでもないですよ? 社交界では昨日の壮行会の話題で持ちきりですから」
「壮行会?」
「はい。やはりご存じありませんでしたか。昨日のお茶会をご欠席されたと伺ったときからそうではないかと思いましたが……」
失敗したわ。大失敗。
拗ねている場合じゃなかったわ。
殿下が出席されたということは、ただのお茶会でないことくらいすぐに気がつかなければいけなかったのに。
これは招待されていないことで恥をかかせるつもりではなく、出席しなかった薄情な婚約者を演出するためだったのね。
今さら招待されていなかったなんて、私もお母様も言えるわけがないもの。
「……噂では何て言われているの?」
「――ファッジン公爵家は平民に肩入れしすぎており、そのためにご令嬢までもが婚約者である王太子殿下を蔑ろにして平民と戯れている、と」
「それで?」
「このままでは分を弁えない勘違いした平民が増え、ご自分たちの立場を脅かすようになるのではないかと……」
「そう……」
勘違いした平民、ね。
でもミーラ様もレジーナ様も招待されていなかったのよ?
勘違いしているのはどちらかしらね。
「これ、理想通りね。やっぱりあなたに頼んでよかったわ」
「ありがとうございます」
「あの、ファラーラ様……このままでよろしいのでしょうか? 誤解だと――せめて殿下には誤解であることをお伝えしたほうが……」
「シアラ、心配しなくても大丈夫よ」
シアラは私が落ち込んでいたところも知っているからか、たまらずに口を挟んでしまったみたいね。
これもいわゆる立場を弁えない愚行かしら。
ナッシング!
シアラは私のためを思って、叱責を覚悟で進言してきたのよ。
思い出せばシアラはいつもそうだったわ。
忠告なんて私が聞き入れるわけがないのに。
むしろ私は怒ってシアラに罰を……いえ、そのときのシアラの表情を思い出している場合ではないわ。
「今回の招待客の中に、下級貴族はいたかしら?」
「私が知る限りではサルトリオ公爵の腰巾着と呼ばれている男爵くらいでしょうか?」
「ああ、あの人ね」
ジェネジオが知る限りってことは、全てってことよね。
名前だけは私でも知っている男爵が呼ばれたってことは、招待客の選別はサラ・トルヴィーニだけではなく、サルトリオ公爵が噛んでいるってことだわ。
少なくともトルヴィーニ伯爵夫人は関わっているわね。
招待客を一人で決められないなんて、サラ・トルヴィーニはとんだお子様だわ。
ふ、ふふふふふ。
「お嬢様、怪しげな笑い声が漏れておられますよ?」
「ジェネジオ! ファラーラ様の素晴らしいところを怪しいなどと言わないでちょうだい!」
うん。シアラについてはもう何も言わないわ。
いい加減にジェネジオも慣れたほうがいいわよ。
「それにしても、ジェネジオって私に遠慮がないわよね?」
「それは大変失礼いたしました。ご不快な思いをなさっておりましたのなら、重ねてお詫び申し上げます」
「そんな心のこもらないお詫びは申し上げなくていいわ」
「おや、お嬢様は他人のお心までお気遣いされるようになったのですね」
「……あなたが偉そうにしているのって、財力があるからよね? あと人脈と私兵も」
「旅の商人にはどうしても護衛が必要ですので」
「別に責めているわけじゃないの。結局は人を支配するのは爵位でも血統でもないってこと。財力、知力、武力、美貌、そして幅広い人脈に人心掌握力。要するに、力よ」
「おっしゃる通りだと思いますが……お嬢様はそのすべてを兼ね備えていらっしゃると?」
「あなたって本当に失礼ね。もちろん私自身が持っているのは財力と知力、美貌くらいかしら?」
「……さようでございますね」
何、今の間は?
異論があるなら言えばいいのに。今なら特別に許してあげるわ。
「お嬢様はそのすべてを手に入れられるおつもりなのですか?」
「まさか。私はまだ十二歳の可愛い子どもなのよ。世界制覇しようってわけじゃないの」
「それではいったい何を……?」
「それは秘密よ」
「では、私は結果を楽しみにしております」
「ええ、そうしてちょうだい」
ジェネジオはとても興味深そうだったけれど、信用できないのに話すわけにはいかないわ。
自分でもわかっているみたいで深く追求してくることなく、化粧品について少し話してから帰っていった。
そう。世の中お金よ。
力というものはたいていお金で買えるものだから。
だけど、お金では買えないものもいくつかあるわ。
それが演技力!
目には目を、噂には噂を。
ファラーラ法典をサラ・トルヴィーニに知らしめてあげる。
ふふん。この私を誰だと思っているのかしら。
ファラーラ・ファッジンよ。
この私に正面からケンカを売ったことを後悔するがいいわ!
おほほほ!




