仮病3
「私、学院に入学してよかったわ。はじめは……殿下目当てで入学を決めたの。だけど、エルダやミーラ様、レジーナ様に出会えて、友達になれて、本当によかった」
「フェスタ先生もファラのことを本当に心配してくれているしね?」
「先生? そうかしら?」
「そうだよ。私が仮病だったこともすぐに見抜いて、それからその理由まですぐに気付いてくれて、救護の先生に席を外してくれるようにお願いしてくれたんだから」
「そうだったの?」
「気付いてなかったの?」
「ちょ、ちょっとだけそうじゃないかなとは思っていたわ」
その理由って私が泣きそうだったってことよね。
それはそれで嫌なんですけど。
まあ、治癒魔法をさっさと施してくれないなんて気が利かないと思ったことは撤回してあげてもいいわ。
「……ねえ、エルダは治癒師になりたいのよね?」
「え? う、うん。そうだけど……」
「私、絶対いいと思うわ」
「……そうかな?」
「そうよ。だって、エルダには他の治癒師にはない、何か……心をほっこりさせてくれるものがあるもの」
「ほっこり?」
「うん。だって私、すごくトゲトゲしていたのに、今ではほっこりしているの。それってすごいことよ。なんていったって私は……超傲慢で我が儘お嬢様なんだから!」
「我が儘お嬢様……」
えっへんと胸を張って言うことではなかったかもしれないわね。
エルダはぽかんと口を開けて、それから声を出して笑い始めた。
「ありがとう、ファラ。そう言ってもらえると嬉しいけど、私は意地悪なのよ? だから、今回のことに決着をつけるまでは優しくなんてないんだから」
「今回のこと……」
「そう。殿下とちゃんと仲直りすること」
ああ、そうだったわ。
せっかく忘れていられたのに。
うん。やっぱりエルダは意地悪なのね。
「……謝罪ってどうするの?」
「普通に『ごめんなさい』でいいと思うよ?」
「いきなり『ごめんなさい』なんて変じゃない? せめてお詫びの品とか必要じゃないかしら」
「ファラ――」
「宝石は殿下もたくさんお持ちでしょうし、お菓子は子どもっぽいわよね? 他には――」
「ファラ、ちょっと待って。色々と間違っているような気がする」
「やっぱり? だとすれば何を贈ればいいかしら?」
「うん。そこから間違ってると思う」
「え? どこが? 何がいけないの?」
「まず、謝罪は気持ちであって、ただの言葉や贈り物じゃないってこと」
「そうなの? だけど殿下も贈り物をくださったわ。花束とチョコレートを……小さかったけれど」
「それは……おまけのようなものだよ。たぶん。えっと、ファラは殿下からのお手紙を読んでどう思った? 殿下の謝罪のお気持ちを感じられなかった?」
「謝罪のお気持ち……」
あのお手紙を読んだとき、ちょっとは私も悪かったかなって思ったわ。
お兄様の言う〝男のプライド〟を傷つけたのなら、謝罪することだってプライドが邪魔をしたかもしれないもの。
だけど殿下はご自分の非を認めてくださって、美味しいチョコレートと可愛いお花をくださったのよね。小さかったけれど。
私はこんなもので誤魔化されないわって思いながらも、仕方ないから許してさしあげようと思ったのよ。
それがまさか、遊学されるなんておっしゃるから今度は私が――私のプライドが傷つけられて……。
「……殿下のお気持ちはわからないわ。ただ……お手紙を読んで、許してさしあげようって気持ちに私はなったの。だけど……最後に遊学なさるなんて書かれていたから……」
「そうか……。じゃあ、ファラは悲しくて怒ってしまったのね?」
「悲しくて怒る? それっておかしいわ」
「うん、そうだね。人の感情って矛盾だらけで、おかしいのよ。それで弟や妹たちはよくケンカしているわ。でも仲良しなの」
「エルダは長女だったかしら?」
「うん。といっても少し年の離れた兄がいて、それから弟が二人に妹が一人。生意気で超腹が立つんだけど、でもやっぱり可愛いなって思うの」
「本当に矛盾しているのね……」
エルダがしっかりしているのは四人きょうだいの長女だからなのね。
私もエルダみたいなお姉様がいたらよかったのにな。
「――だから、とにかくファラが今感じているままの気持ちと一緒に『ごめんなさい』って伝えれば、殿下もわかってくださると思うわ」
「今の気持ち……」
「寂しいって言ってたでしょ? そうだなあ……私なら『寂しくて、つい怒ってしまいました。ごめんなさい』って言うかな?」
「そんな! そんなの……恥ずかしいわ。寂しいだなんて、子どもみたいじゃない」
「そうかなあ? 子どものほうが素直に感情を言えるよ。大人になればなるほど、素直になれなくなるんじゃないかと思うな」
「エルダって……」
「何?」
十七歳までを経験して、蝶子の人生も夢とはいえなぞった私よりもすごく大人だと思うわ。
まさか、十二歳というのは嘘で本当は若く見えるだけなんじゃ……。
「本当に十二歳よね? 入学するために年齢詐称とかしていないわよね?」
「実は……私、本当は……」
「だ、大丈夫よ。誰にも言わないわ!」
やっぱり!?
でもエルダの秘密は守るわ!
そう決意したのに、エルダはまたまた噴き出して笑いだした。
「本当に十二歳だよ……。来月で十三歳。本当だよ?」
「そっか……よかったあ。実は来月に殿下のお誕生日のお祝いと一緒にサプライズパーティーをしようと思ってたの。これで心置きなく十三歳のお誕生日をお祝いできるわ」
「サプライズパーティー?」
「あ! しまったわ!」
ここで告げてしまったら、サプライズじゃないじゃない!
どうにかして誤魔化さないと!
「い、今のは幻聴よ、幻聴。最近、学院で幻聴が聞こえるって噂が……やだ、本当だったら怖いわね。えっと、あなたはだんだん眠くな~る。そして今のことは忘れ~る」
おかしいわ。
どうしてエルダはさらに笑うの?
催眠術はやっぱり五円玉が必要なのかしら?
でも蝶子の世界と違って、この国には穴の開いた貨幣なんてなかったはずだし……たぶん。
ここはフェスタ先生に――は無理だから、お爺ちゃんにお願いして幻惑魔法で忘れてもらうしかないわね。
「ファラ、心配しなくても私は忘れちゃったわ。でも殿下にはそのことを伝えればいいと思うの」
「……そのこと?」
「殿下のお誕生日をお祝いするつもりだったこと。だけどそれができなくて残念ですって。そうだなあ……『色々と計画していたので、ついどうしていいのかわからず動揺してしまいました。ごめんなさい』とかどう?」
「そう……そうね! すごくいいわ! それだと、私が寂しがっているなんて全然思われないものね!?」
「――うん、そうだね」
やっぱりエルダは特待生だから頭がいいのね。
それに誕生日だって半年ほどしか変わらないのに、考え方も大人びていて頼りがいがあるわ。
無事に解決策が見つかったところで、救護の先生が戻っていらっしゃって私の赤くなった目を治してくださった。
さあ、やきもきしながら待っていなさい、エヴィ殿下!
このファラーラ・ファッジンが完璧な謝罪文を送ってさしあげるわ!




