仮病2
私が泣いている間、エルダはずっと何も言わずに抱きしめてくれて、すごく嬉しかった。
それから落ち着いてきたら恥ずかしくなって、でもエルダのほっこり笑顔を見たら私も自然に笑うことができたのよね。
エルダの笑顔には魔法の力があるのかも。
「ファラは殿下が留学されることが悲しいんだね?」
「……べ、別に、悲しくはないもの……」
「そっか……。殿下のことは好きなんだよね?」
「全然。好きじゃないわ」
「そうなの? 婚約はファラがすごく望んでいたって聞いたし、最近はいつも一緒に登校されているから、てっきり両想いなんだと思ってた。本当に違うの?」
「ち、違うわ」
「そっか……」
本当に本当に違うもの。
殿下とはただの友達な感じよ。
エルダは私の手を握ったまま優しく話を聞いてくれる。
だから嘘なんて吐いていないわ。
ただちょっと……。
「寂しくはあるの……」
「それはそうだよね。大切な人と――仲の良い友達としばらく会えなくなるなんて、私もすごく寂しいもん。この学院に入るときだって、両親としばらく会えないのも寂しかったけど、友達とも会えなくなるのもすごく寂しかったよ」
「あ、そうよね。エルダはご両親とも離れて、遠くここまでやってきたんだものね。それなのに私ってば、これくらいで泣いたりして――」
「それは違うよ、ファラ。これくらいじゃない。人それぞれ、誰のどんな感情だってその人のもので、優劣なんてつけられないんだから」
「……エルダは同じ年なのに、先生みたいなことを言うのね」
「お説教くさかった?」
「そうじゃないわ。少し、気持ちが楽になってきたってこと」
「それならよかった」
そう答えて、エルダはほっと胸を撫でおろした。
エルダでもそういうこと気にするのね。
「ねえ、ファラ。友達が遠くに行ってしまうのは、また会えるとわかっていても寂しいと思うのは当たり前だよ。だからそれを恥じることはないし、きっと友達も――殿下も寂しいと感じていらっしゃると思うよ?」
「……でも、遊学を決められたのは殿下ご自身よ?」
「私もこの学院の入学を決めたのは私自身だよ? 故郷を離れる不安もあったし、家族や友達と会えなくなることが寂しかった。だけど、この三年間は私を大きく成長させてくれるってわかってたから。故郷では学べない勉強や魔法、出会えない人たち、新しい経験や知識。私はこの学院に入学してファラと出会えてすごく嬉しい。このことを故郷のみんなに教えるのがすごく楽しみだよ」
「エルダは……卒業したら、帰っちゃうの?」
「うーん……。それはまだわからないけど……」
「殿下も戻っていらっしゃらないかもしれないわ」
「それはないよ。王太子殿下なんだから。そんな方が国外に出られるなんて、すごいことだよね? きっとたくさんお悩みになって、それでもご自身と……みんなのために、これからのために決断されたんだと思うな」
確かにエルダの言うとおりかもしれない。
殿下が遊学されることは前々から下準備が進められていたのよね。
今回のことはちょっとしたきっかけなだけで、殿下はずっと悩んでいらしたのかもしれない。
それなのに私は拗ねてあんな慇懃無礼なお返事を書くなんて、すごく子どもっぽくない? 子どもだけど。
でも、今さらどうすればいいのかわからないわ。
「……私、このお休みに王宮に招待されたとき、殿下を怒らせてしまったの。でもそれなのに殿下は次の日に謝罪のお手紙と贈り物をくださったのに、私はすごく意地悪な返事を書いてしまって……。きっと殿下もさすがに許してくださらないと思うわ」
「それはまずファラが謝ってみないとわからないんじゃないかな?」
「私が謝るの? 殿下に?」
「うん。だって、ファラが何か殿下を怒らせるようなことをしてしまったんでしょう?」
「私はそんなこと……したかもしれないわ」
男のプライドを傷つけたなんて馬鹿馬鹿しいことは今でも納得できないけれど、理由はどうあれ傷つけたってことなのよね?
しかも、殿下はご自分が理不尽だと思われたのか、謝罪までしてくださったのに、あんな意地悪な返事を書いてしまうなんて。
「それならファラ、やっぱりまずは謝らないと。仲直りはそれからだよ」
「仲直り? でも、それって……」
「ファラ、プライドにこだわっていたら、いつまでたっても状況は変わらないよ? それどころか、ますます悪化することのほうが多いくらいなんだから」
「え……?」
私がプライドにこだわっているの?
そ、そんなことないもの。
だって、殿下が私という婚約者がいながら遠くへ――トラバッス王国に遊学されることが酷いのであって……。
ううん。それが私のプライドを傷つけられたんだわ。
殿下とは婚約解消したいとか思いながら、捨てられるのはプライドが許さないなんて、本当に我が儘よね。
「……仲直りしなさいって、フェスタ先生にも言われたわ。だけど、どうすればいいのかわからなくて。それに謝るなんて、今さら遅くないかな?」
「謝ることに遅いなんてことはないよ。そりゃ、遅くなるほど『ごめんなさい』は言いにくくなるけど……。それに謝ったからって、相手が許してくれるとも限らないけど……」
「やだ、エルダ。不安になること言わないで」
この私が謝罪したのに殿下に許してもらえないなんて、ぞっとしていたらエルダがぎゅって私を抱きしめてくれた。
それなのに「ふふ」なんて笑ってる。
「……エルダは意地悪だわ。今まで気付かなかったけど」
「バレちゃったか」
予想外の返事にエルダを見ると、とっても楽しそうな、悪戯が成功したみたいな顔で笑ってた。
昔の私ならすごくすごく怒ったと思う。
だけど今は不思議と腹も立たなくて、それどころか何だか嬉しくなって、私まで笑ってしまった。
やっぱり、エルダは凄腕の魔法使いなんだわ。




