仮病1
「どうした? もうすぐ授業が始まるぞ?」
「先生、エルダが――モンタルドさんがお腹が痛いそうなんです。治癒魔法で治してくれませんか?」
「え? あ、いえ……その、治癒魔法をしていただくほどでは……」
エルダってば調子が悪いんだから無理をしなくていいのに。
ほら、フェスタ先生も空気を読んで。
エルダは遠慮しているのよ。
「……では、救護室まで連れていこう」
「えっ!」
いきなりフェスタ先生がエルダを抱き上げたからびっくり。
エルダも口をぱくぱくしているわ。
まさかここでフェスタ先生がエルダをお姫様抱っこするなんて。
ムキムキには見えないのに、どこにそんな力が?
私が鍛える前に先を越されてしまったわ。ムキー!
「ファッジン君、何をしているんだ。早くついてきなさい」
「は、はい」
そうよ。フェスタ先生に対抗心を燃やしている場合ではなかったわ。
先生の後について救護室に入ると、救護の先生も驚いていらっしゃった。
それでもかまわずエルダをベッドに座らせて、フェスタ先生は救護の先生に何やら小さく耳打ちされる。
そうよね。あんなイケメンに耳元で何か言われたら顔が真っ赤になるのも仕方ないと思うわ。
でも先生、フェスタ先生は呪われていますからね。気をつけてください。
「――じゃあ、他の先生にも連絡しておくから、ファッジン君も落ち着くまでここにいなさい」
「わ、わかりました……」
ひょっとしてそんなにエルダは悪いの?
どうしよう? ご両親に連絡とかしたほうが――あ、それは先生がしてくれるってことよね。
チェーリオお兄様をお呼びしたほうがいいかしら?
あ、それもフェスタ先生がしてくださるわよね?
私はエルダの手を握って励ますことくらいしかできないわ。
救護の先生がエルダと少し話をされてから私を手招きする。
落ち着いて、私。ヒッヒッフーよ。
「エルダ、大丈夫よ。先生方にお任せしておけばすぐによくなるからね」
「……うん」
「ファッジンさん、心配しなくても大丈夫よ。ここでゆっくりしていればよくなるわ。私は少し席を外すから、あとはよろしくね」
「え……?」
嘘でしょう?
エルダが苦しんでいるというのに、先生が救護しなくてどうするの?
まさか先生の手に負えなくて逃げたのではなくて?
「エルダ、我慢していない? 今からお爺ちゃんを――いえ、学院長に来てもらいましょうか?」
「ううん! 本当に大丈夫なの! 本当は……嘘だったの」
「……嘘? 何が?」
「お腹が痛いってこと。騙してごめんね……」
「……ということは、エルダはどこも調子が悪いところはないの?」
「うん……」
「そっか。よかったあ。エルダが死んじゃったらどうしようかと思ったの。でも嘘でよかった」
だけど今後エルダたちが病気をしないって保証はないものね。
ということは、今回みたいに焦らなくていいように、治癒魔法を頑張って覚えるべきかしら。
いえ、それは大変よね。
やっぱりお兄様に万能薬――は無理でも何かいいお薬を作ってもらいましょう。
「って、どうして嘘なんて……まさか、授業をサボりたかったの!?」
すごく気持ちはわかるけれど、優等生のエルダが?
驚いていたら、エルダはくすくす笑い出した。
何だかよくわからないけれど、エルダが笑ってくれてよかったわ。
本当に体も大丈夫そうだし、ひと安心。
「……よかった。少しだけ元気になったみたいだね?」
「エルダが? やっぱり調子が悪かったの!?」
「違うよ、ファラだよ」
「……私?」
私は朝から元気よ。
朝ご飯だってしっかり食べたし、今だってどこも悪くないわ。
わけがわからないでいるうちに、エルダはベッドから下りてカーテンを引いた。
そして私を引っ張ってベッドに座らせる。
「エルダ? どうしたの?」
「あのね、ファラ。ここなら誰も見ていないし、今は誰も聞いていないから、泣いても大丈夫だよ?」
「……泣く?」
「うん。ファラは……殿下が一年も留学されるってミーラ様から聞いたとき、すごく悲しそうな顔をしていて、すごく無理して笑っていたでしょう? 朝から――昨日から元気ないなって思っていたけど、その理由もわかったよ。それで今にも泣きそうに見えたから……あの場から連れ出したかったの」
「そ、そう……?」
「レジーナ様も私と同じように思ったみたい。ミーラ様も。それに、フェスタ先生も詳しくはわからなくても察してくれたみたいだね。みんな、ファラのことが大好きだから……」
「でも私、別に……」
殿下のことなんて気にしていないもの。
だから泣きそうになんてなっていなくて、エルダたちの考えすぎなんだから。
でも、でも……今、涙が出てくるのはみんなが優しいからだもの。
うわーん!




