意地3
頑張って課題を終わらせた翌朝、登校した私はあの悪夢の再来かと思うほどにショックを受けてしまった。
もちろん表になんて出したりしないわ。
名女優ファラーラ・ファッジンはどんなときだって堂々と笑顔でいるのよ。
たとえ私のうちわを持っている子たちが少なくなっていてもね。
それに殿下が待っていてくださらなくても、全然ちっともまったく気にしてなんていないんだから。
今日は欠席されるのかしら。
遊学の準備でお忙しいとか?
ふ、ふん!
遊学だろうが滝に打たれようが魔王を倒しに行こうが好きにすればいいのよ。
私は平気なんだから。
これを機会に婚約解消できれば万々歳よ。
私は悠々自適生活をしながらエルダたちと楽しく暮らすんだから。
だけど……もし、エルダが結婚したら?
ミーラ様やレジーナ様だっていつか結婚されて、私は一人で……。
蝶子も将来のことで心配していたわよね。
「やあ、おはよう。ファラーラ嬢」
「――おはようございます、リベリオ様」
「エヴェラルドならもう教室だよ」
「え……。べ、別に私は殿下のことなんて――」
「なんだ、キョロキョロしているからエヴェラルドを捜しているのかと思ったけど違った?」
「違います」
ただリベリオ様は一緒にいらっしゃることが多いから気になっただけだもの。
そもそもリベリオ様は何をしに現れたのかしら。
「リベリオ様は教室にいらっしゃらないのですか?」
「うーん、まあもう行くけど。エヴェラルドが登校するのは今日が最後だからさ、一応伝えておこうと思って。でも必要なかったみたいだな?」
「……いいえ、存じませんでした。ありがとうございます。ですが、また戻っていらっしゃるのでしょう?」
「そりゃ、この国にはな。だが……まあ、あとは本人に聞いてくれ」
何なの?
思わせぶりなことだけおっしゃって、ひらひら手を振って去っていくなんて。
リベリオ様は変な友情ごっこでもされているのかしら。
これだから中二病は……。
そもそもリベリオ様は私のことが好きだったんじゃないの?
やっぱり男性は信用できない。
私は「好き」なんて言葉に絶対騙されたりしないわ。
笑顔よ、ファラーラ。
たとえどんなに腹が立っても、謙虚なファラーラは八つ当たりなんてしないの。
だからいつもより少ないファンの子たちにちゃんと笑顔で手を振る。
私は大輪の美しい花なのよ。
今はちょっとだけトゲトゲサボテンな気分だけど、サボテンだって可愛いお花を咲かせるんだから。チクチク。
「おはよう、ファラ。昨日は美味しいお菓子をありがとう」
「エルダ、おはよう。こちらこそ、課題を手伝ってくれてありがとう」
ああ、癒されるわ。
エルダのほんわか笑顔が大好き。
トゲトゲもぽろぽろ抜けていくわ。
「ファラーラ様! 大変です!」
「おはようございます、ミーラ様。どうなさったの?」
ファンの子が減ったことには気付いているわ。
それが貴族の子たちだってこともね。
サラ・トルヴィーニのお茶会が成功したのでしょう?
「王太子殿下が――殿下が遊学なさるって! トラバッス王国に一年も滞在なさるそうです!」
一年? そんなに長く?
リベリオ様のようにひと月ほどで戻っていらっしゃるのではなく?
そんなの……別に平気だもの。悲しくなんてないわ。
ほら、笑顔よ。
知っていたんだから、驚くことでも何でもないことでしょう?
「……ええ。以前からその準備は進められていたそうよ」
「まあ、そうだったんですね。私ってば大ニュースだとばかりに急いでお知らせしないとって思いましたが、余計な心配でしたね……」
「そんなことはないわ、ミーラ様。いつもありがとう」
ミーラ様はいつも最新情報を教えてくれるから助かっているもの。
だから殿下が一年も遊学されるなんて知ることができてよかったわ。
レジーナ様もそんなに心配そうなお顔をされなくてもいいのに。
「――あ、いたたた。急にお腹が痛いかも……」
「エルダ!? 大丈夫なの!?」
急にお腹が痛くなるなんて、一大事だわ!
どうしたらいいの!?
治癒師を呼ぶべき? えっと、それともすぐに横になって――。
「ファラーラ様、エルダさんを救護室につれて行ってくださるでしょうか?」
「救護室? エルダ、歩ける?」
「うん、大丈夫。ファラ、お願いできる?」
「もちろんよ!」
こういうとき担架があれば、運んであげられるのに!
ヒタニレの材木での担架も早急課題だわ。
「エルダさん、私たちは授業が始まるからファラーラ様をお願いね」
「ええ」
レジーナ様? 体調が悪いのはエルダなのよ?
ミーラ様も心配するのはエルダなのに、どうして私を見るの?
そんなに私って頼りないの?
「ファラーラ様、先生には私から伝えておきますから」
「わかったわ。よろしくね。エルダ、大丈夫? 本当に歩ける?」
「うん、それは大丈夫」
「それじゃ、エルダさんも……頭じゃなくて、お腹を押さえないと」
「あ、間違えた!」
ん? 間違えた?
やっぱりエルダは体調が悪いあまり混乱しているのね。
レジーナ様に指摘されて、エルダは頭を押さえていた両手をお腹に移した。
そうそう。お腹が痛いときは温めたほうが楽になれるもの。
ああ、せめて私がムキムキだったらエルダを抱っこして運べたのに。
これからはいざというときのために、鍛えておかないと。




