後悔2
朝食を抜いたせいでお腹はぐうぐう鳴っているのに、お兄様のお話は終わりそうにない。
これからはカタツムリ戦法のために、ベッドにお菓子でも持ち込んでおこうかしら。
「要するにだな、男というものは好きな女性の前では強くありたいものでな、やはり好きな女性に庇われるというのは恥ずかしいものなんだ。しかもそれが国王陛下の御前となれば、殿下のお気持ちも理解できなくもない。だからファラーラを泣かせたことは通常ならば万死に値するが、今回だけはファッジン公爵家としては静観することにしたんだ」
「静観……ではなく、もういっそのこと――」
「何だ? ファラーラは何か望みがあるのか? 希望があるなら遠慮せず言ってみなさい。身体的には無理だが、ちょっとばかり懲らしめ……償っていただくことはできるぞ?」
「……いいえ。私はそんなことを望んではいません。ただ殿下に、お兄様が先日使者としていらっしゃったトラバッス王国について、どのような国だったのかをお教えしてくださると嬉しいです」
婚約解消したいって言いかけたけれど、まだ早いわ。
昨日の今日で婚約解消だなんて、王妃様を前にしっぽを巻いて逃げる子イヌみたいじゃない。キャンキャン。
それはすなわちサラ・トルヴィーニに負けるということ。
私はまだ小さいけれど、オオカミなのよ。
ブラマーニ王国の(将来の)気高き狼として、それだけは絶対に阻止しなければ!
だから今回は殿下へのちっちゃな嫌がらせで我慢してさしあげるわ。
でも許してなんてあげないんだから。
「ファラーラ、やはりお前はなんて優しい子なんだ。殿下に対して怒りを覚えてもいいだろうに、殿下が知見を広められるよう私に頼むとは。己の狭量さに恥じ入るよ。そうだな、天の遣いであるファラーラが誰かを傷つけようなんて考えるはずもなく――」
またお兄様の長~いお話が始まりそうなところで、ノックの音が遮ってくれた。
誰かしら、こんな気の利いたタイミングで入ってくるのは。
「ファラーラ、アルバーノ、お邪魔してごめんなさいね」
「お母様?」
「母上、どうなさったのです?」
「実はたった今、昨日のお詫びにと殿下からファラーラに贈り物が届いたのよ」
お母様がそう言って差し出してくれたのは、小さな可愛い花束と薄絹に包まれた四角い箱。
このファラーラ・ファッジンに贈るには二つとも小さすぎるんじゃないかしら。
持ちきれないくらいの大きな花束が定番じゃないの?
だけど、殿下から花束をもらうのは初めてだから、殿下も花束を贈るのは初めてなのでしょう。
お互い初めてなら仕方ないわよね。えへ。
二つともお母様から受け取って、花束を近くのテーブルに置き、薄絹を開く。
すると美しい木箱が現れて、遠慮なく箱を開けると――。
「まあ、美味しそうね!」
「……ええ、そうですね」
お詫びの品といったら、宝石じゃないの?
チョコレートなんて世間では珍しいお菓子かもしれないけれど、私にはちっとも珍しくなんてないんだから。
せめてどこかのお城の権利書でも入っていればよかったのに。
だけど、殿下から義務ではない贈り物をもらうのは初めてだから、殿下も私的な贈り物を選ぶのは初めてなのでしょう。
お互い初めてなら仕方ないわよね。えへへ。
「よかったな、ファラーラ。しっぽをブンブン振ってそうなくらい嬉しそうに見えるぞ」
「し、しっぽなんてありませんし、喜んでなんていません!」
「そうか、そうか。悪かったな、ファラーラ」
「アルバーノ、ファラーラをからかわないで。ファラーラ、あとでちゃんとお礼状を書くのよ」
「ええ……」
「ほら、ここに殿下からのお手紙が添えられているわよ」
アルバーノお兄様を睨みつけていたけれど、お母様に指摘されてようやく手紙に気付いた。
本当だわ。お手紙がある。
「……あとで読みます。それよりもお腹がすいたから、お食事にしましょう?」
「ええ、そうね。そうしましょう」
「うむ。先ほども言ったが、食事は大切だからな。朝食を抜いたことは褒められたことではないが――」
「ほらほら、アルバーノ。ファラーラは着替えないといけないのだから、ここから出なさい」
ありがたいことにお母様がアルバーノお兄様を連れだしてくれて、ようやく一人になれたわ。
着替えのためにシアラを呼ばないとだけど、その前にチョコレート一粒くらいいいわよね。
一粒摘まんで口に入れると、とっても甘くて美味しくて幸せな気持ちになれる。
うん、チョコレートは至高。
そうね。小さい花束にチョコレートなんて子どもっぽいとは思うけれど、謝っているのに許してあげないのも子どもっぽいものね。
仕方ないわね。手紙の内容によっては許してあげなくもないわ。




