後悔1
今思えばとっても恥ずかしいんだけれど。
あれから私はお父様に抱きついて大声で泣いてしまったのよね。
それでお父様が慰めて落ち着かせてくれて。
お爺ちゃんが私の頭に手をかざしてから記憶がないから、たぶん眠らされてしまったみたい。
気がついたら自分のベッドの中で、目は赤く腫れていて、シアラがすごく心配してあれこれ世話をしてくれた。
今日はみんなに会いたくないなあ。
お父様はもちろん、お母様もお聞きになっているだろうし、アルバーノお兄様だって……約束を反故できたのはよかったけれど。
もちろん殿下とは絶対に結婚しないわ。
あんなふうに怒る人なんて嫌い。
本当に意味がわからないもの。ぷんぷん。
「ファラーラ様、朝食はいかがなさいますか? お部屋で――」
「いらない」
「――かしこまりました。それではまたいつでもおっしゃってください。ご用意いたしますから」
朝食なんていらない。
このままお布団の中で過ごして平和を満喫するの。
私はカタツムリよ。でんでん。
どうして人間は冬眠ができないのかしら。
あら? でも冬眠はできなくても冬ごもりはできるわよね。
そもそも冬に限定しなくても巣ごもりすればいいのよ。
そのためにはやっぱり不労所得が必要だわ。
シアラは元々綺麗だったけれど、最近は特にお肌がつやつやしているし、そろそろ私も化粧品を使用するべきね。
もちろん私よりも効果がありそうなお母様にも使用してもらいましょう。
宣伝効果は抜群ね。
きっと王妃様も欲しがるに決まっているわ。
ふふふ。しっかり儲けさせてもらうわよ。
そして私の悠々自適生活に貢献するがよいわ!
お布団の中でカタツムリになって素敵な巣ごもり計画を立てていたら、そっと扉が開く気配がした。
シアラが私の様子を見に来たみたい。
「ファラーラ様、あの――」
「やあ、ファラーラ! 気持ちの良い朝だぞ。そもそも気持ちよくないどんより朝でも食事はきちんととらなければいけないぞ。朝食は一日の源。食欲がないのならまずは運動してみるのもよい。どうだ、私と一緒に乗馬でもしようか? それとも散策するか? 屋敷の外周をぐるりとするだけでいい運動になるだろう?」
どうして朝からアルバーノお兄様がやってくるの?
ここは遠慮するべきじゃない? 空気読んでよ。
私はもうカタツムリになるって決めたんだから。むしむし。
「ほらほら、いつまでも拗ねていないで、ベッドから出てきなさい。昨日のことは聞いたぞ? 殿下とケンカされたんだってな。だが今回ばかりはファラーラにも非がないとは言えないぞ。確かにファラーラは天才だ。それに可愛い。さらに天使だ。いや、だからこそ慈愛の気持ちが強かったのだろう。ファラーラがその溢れんばかりの優しさで殿下のお力になろうとしたのはわかる。だがな、殿下にも男としてのプライドがあってだな、それでつい意固地になってしまったのだろう」
「……どうしてプライドが関係あるんですか?」
「どうしてって、それはもちろん同情で他人の功績を譲ってもらっても嬉しくないだろう?」
「そうですか? 私は嬉しいです」
「そうか。その優しさがファラーラは嬉しいんだな。確かにファラーラのように美しい心だと素直に優しさを受け入れることもできるだろう。殿下もいつもなら正直にお答えしつつも、その優しさには感謝されたはずだ。殿下はご自分のことよりも、周囲の者たちのことに配慮してくださる方だからな。うむ。そういうところはファラーラと似ているかもしれない。ファラーラも殿下のことを気にかけてのことだったのだろう。ただ男というものは好きな女性にはいいところを見せたいものなんだ。だが私が知る限り、ファラーラと婚約されてからの殿下は特に何かの功績を上げられてはいない。それなのにファラーラは次々と画期的な案を出し、学院の改革まで行い、テノン商会を通じて新たな商品を開発している。私たち家族にとってそれは誇らしいことだ。そもそもファラーラが私たちの家族としてこの世に生まれてきてくれたことが未だに信じられず、この幸運を神に感謝し、毎日祈りを捧げているが、それでも……ファラーラが幸せに……、笑い、息を……るだけで ~(居眠り中)~ だから……で……ファラーラが眠りにつくことでこの世界は夜という暗闇に包まれ、ファラーラが目覚めると同時にこの世は朝を迎えて明るく光り輝くんだよ」
「……お兄様、夜も朝もただの自然現象です。それよりも盛大にお話が逸れております」
「おっと、そうだった。すまない。ファラーラの素晴らしさを語っていると時間をつい忘れてしまってな」
「そうですね。そろそろ昼食の時間のようです」
アルバーノお兄様は時間だけでなく色々と忘れているわね。
つい居眠りをしてしまったけれど、カタツムリ戦法でバレなかったみたい。
でもお腹が空いてきたし、十分眠ったし、もうどうでもいい気がしてきたわ。
「お兄様――」
「わかっている。わかっているよ、ファラーラ。先ほどの話の続きだろう?」
違います、お兄様。
私はもうカタツムリを卒業してお昼ごはんを食べたいんです。
だけどそれをここで言うとまた何かが長くなりそうで怖くて言えないわ。




