プライド1
「さてさて、ここに取り出したるはヒタニレの箒でございます」
そうおっしゃって、お爺ちゃんは箒を右手に掲げて見せた。
まずは玉すだれかしら。
わくわくするわ。
「学院長、そんなことはもう皆、知っています」
「うるさい、ヒヨッコ。雰囲気が大事だろうが」
「大事なのは雰囲気ではなく、結果です。殿下もお暇ではないのですから、早く披露なさるべきでしょう」
フェスタ先生には情緒ってものがないのね。
いきなり他人行儀に戻ったかと思えば、そんな事務的に進めなくても。
新しい発見はわくわくが必要でしょう?
フェスタ先生だって、初めてのときはあんなに興奮していらっしゃったのに。
「大人になるって悲しいですね。わくわくする気持ちを忘れて毎日ただ決まったことだけをして過ごし、期待する自分を愚かだと騙すように言い聞かせ、本能よりも理性で生きていかないといけないんですから」
「普通は子どもでももっと理性を持っているがな。ファッジン君は本能のままに生きることができて羨ましいな」
「なら、なさればよいではないですか」
「今のは嫌みだ、阿呆」
アホウって何だったかしら?
確か鳥? そうよ、鳥だわ。
アホウ……ホウ……ホウホウ……。
フクロウの一種ね!?
見た目は可愛いのに、実は肉食で頭もいいのよ。
何かの絵本では森の動物たちの相談役をしていたわよね。
ということは、私が今するべきはアドバイス!
「フェスタ先生、大切なのは常識に囚われないことです。常識と非常識は必ずしも反比例しているわけではありません。常識を外れたからといって、非常識になるわけではないのです。ですから課題をなくしたといって非常識なわけではありません。魔法学の授業にみんなでゲームをしたっていいではないですか。私、カードゲームでは五枚揃えは苦手ですが、貴族平民は得意なんです」
「……ジジイ、笑ってないで早く飛べ」
あら、大変。
また目的から話が逸れてしまっていたわ。
お爺ちゃんがぷるぷる震えているのは笑っているからなのね。
ご高齢で動きが儘ならないのではなくてよかった。
「殿下、今日はお時間があまりないので残念ですが、お悩みがあるのならいつでも相談に乗りますからね?」
「あ、ありがとう……」
「いいですか、殿下。常識とは秩序ある社会を維持するために必要なものなのです。そのことを決してお忘れにならないでくださいね」
「は、はい……」
せっかく私が殿下にアドバイスを差し上げようと思ったのに、フェスタ先生が邪魔に入ってしまわれた。
そうやってみんなが常識で縛るから、殿下は苦しまれるのよ。
リベリオ様のことを中二病だってちょっぴり馬鹿にしていたけれど、男子にとっては一度は罹らなければいけない病なのかも。
「殿下、たまには無法者の集団が教室に乱入してきて、殿下お一人で全員を倒すなんてことを妄想されてもいいんですからね?」
「え……」
「妄想でも恐ろしいことを言うな。それは国家非常事態だ」
「ブルーノ、だからお前はいつまでたってもヒヨッコなのだ。わしが殿下のお年の頃は、千年の眠りから覚めた魔王が復活し、世界中の高名な魔導士が立ち向かったが皆破れ、その中でわしが一人で魔王を倒し世界を救った妄想などよくしておったぞ」
「え……」
「さすがお爺ちゃん、規模が違いますね。すごくかっこいいです!」
「え……」
「であろう? だからわしは、いつ魔王が復活してもよいように魔法を極める努力を続け、今の力を得ることができたのだ」
「ホウホウ。お爺ちゃんも頑張ったんですねえ」
「努力なくして、成功は摑めぬからな」
「ホウホ――そうですか……」
私の三大嫌いなものは「努力」「貧乏」「サラ・トルヴィーニ」なのよね。
だから今回のことでも引っかかっていることがあるのよ。
いい加減にお爺ちゃんに空を飛んでもらわないと。
フェスタ先生が殿下に「魔王などいませんからね」っておっしゃっているけれど、そんなこと当たり前よ。
魔王なんていたら、私の悠々自適生活の計画が台無しになるじゃない。
そうね。念のためにアルバーノお兄様に世界中の文献を調べてもらって、本当に魔王がいないか確認しておきましょう。
もし可能性があるのなら、早いうちから対策しておけばいいのよ。
「それではお爺ちゃん、どうぞ飛んでみせてくださいな」
「うむ。ファラちゃんが見ているから、はりきっちゃうぞ~」
「普通にやれ、ジジイ」
フェスタ先生はツッコミとしての役目を十分に果たしているわね。
お爺ちゃんは「よいしょ」と箒に跨った。
ほら、やっぱりそれが一番なのよ!
フェスタ先生に「どうだ」とばかりに視線を向けると、冷ややかな視線が返ってきた。
負け惜しみね。
殿下は期待いっぱいの表情でお爺ちゃんを見ていらっしゃって、飛び方についてはどうでもいいみたい。
そして私たちが見守る中、お爺ちゃんはふわりと宙に浮いて、高い天井近くまで舞い上がった。




