研究室3
「あの……お邪魔しちゃったかな……」
「何に対して遠慮されているのかわかりませんが、まったくもって邪魔ではありませんし、よくいらっしゃってくださいました。大歓迎です」
殿下が気まずそうに質問されたら、私よりも先にフェスタ先生が答えられた。
もちろん、お邪魔なわけはないけれど、先生がそんなに殿下を歓迎なさるなんて何かあったのかしら。
エスパーはお爺ちゃんだけでなく、フェスタ先生も?
それであのこと――王妃様に殿下が連れ去られてしまったことをご存じだったのかも。
だけど私がちゃんと救出の手配をしましたからね。
あら。それでは間接的とはいえ、私はラスボスに攫われた王子様を救い出したってことになるわ。
勇者を派遣した私にご褒美があってもいいわよね。
「ファラーラ、アルバーノ殿が今日は帰宅するので、後でまた話をしようとおっしゃっておられたよ」
「え……」
「王妃陛下の許にアルバーノ殿を寄越してくれたのはファラーラだよね? ありがとう」
ええ。もちろんアルバーノお兄様に殿下のことを伝えたわ。
だけど勇者にもご褒美をあげないといけないなんて盲点だったわね。
物語だと、このまま勇者と救出されたお姫様が結婚するものだけれど……。
「い、いいえ。偶然たまたま思いもよらず星の巡り合わせで、お兄様は王妃様にご用事がおありだったのでしょう」
全て偶然の産物ということにしましょう。
だってアルバーノお兄様にははっきりお願いしたわけでもないし、殿下とお兄様が結婚となるとお世継ぎ問題に発展するものね。
何より王妃様に知られたら怖いもの。
壁に耳あり、不祥事にメアリー。
気をつけないとメアリーさんは知らない間に後ろにいるのよ。
急に怖くなって後ろを振り返ったらフェスタ先生が立っていた。
気配を消して背後に立つなんてありえないんですけど。
「どうした、急に」
「いえ、羊飼いのメアリーさんがそこにいるのかと……。あら? メリーさんだったかしら……」
「君は何を言っているんだ」
「どこに密偵が潜んでいるかわからないって話です」
「心配しなくてもこの研究室に密偵が忍び込むことは、この国で一番難しいと思うぞ」
「そうなんですか?」
「そりゃ、学院長自ら結界を張っているからな」
「結界……」
なんてわくわくする言葉かしら。
男子でなくても、胸躍るわよね。
あとでお爺ちゃんに詳しく聞きたいわ。
とにかくここでの会話が漏れないなら問題ないわ。
以前、お父様がアルバーノお兄様は王宮で行われるすべての会議や催しを開始時間や内容だけでなく参加予定者まで事細かに覚えているから便利だっておっしゃっていたのよね。
それもひと月先まで。
お兄様は空飛ぶお爺ちゃんのこともご存じらしくて、私の今日の本来の目的も察していらっしゃるだろうと思ったのよ。
だから『殿下は王妃様に呼び出されてしまいました』と伝えれば、アルバーノお兄様は殿下解放のために動いてくださるとの予想は大正解。
さすが、私。天才だわ。
問題は今日の夜、お兄様のお話に付き合わないといけないってこと。
夜ってことは殿下を生贄に差し出すこともできないし、殿下救出の代償は大きかった。
そうだわ。
その分、殿下からご褒美をもらえばいいのよ。
だって、考えてみたら私は殿下の婚約者なのに指輪一つしか贈られていないんだもの。
どうして今まで気付かなかったのかしら。
もちろん婚約は解消するから、先祖伝来のナントカって由緒ある宝石はいらないけれど、新しく買ってもらえばいいんだわ。
そしてそれを後々換金すれば、ちょっとした財産になると思うのよね。
婚約の際の指輪は私の趣味じゃないからお返しするとして、あとは全部新しく買ってもらいましょう。
さすが、私。天才だわ。
「――そろそろ始めようかなあ。こうして準備できたしなあ」
「え? あ、はい! そうですね!」
しまったわ。
お姫様な殿下救出に気を取られて、本来の目的を忘れていたなんて。
そのせいでお爺ちゃんが箒を持って、仲間に入りたそうにチラチラこちらを見ているわ。
「ジジイ、かまってほしいなら素直に言え」
フェスタ先生はなんて恐ろしいことを言うの?
お爺ちゃんはきっと研究馬鹿で若い頃はお友達が少なかったのよ。
だから簡単な言葉を口にするのがどれだけ難しいかわからないのね。
それに比べて、フェスタ先生はイケメンだから一匹狼を気取っていても、いつも女子に囲まれていたって、チェーリオお兄様から聞いたわ。イケメン許すまじ。
私なんて、悪夢の中でもいつだって取り巻きはいても友達はいなかったんだから。
蝶子も同じ。
社会人になってからは、本当に友達付き合いなんてしていなくて……あ、涙が。
「フェスタ先生は悪魔です! 私は何があってもお爺ちゃんの味方ですからね」
「ありがとう、ファラちゃん」
「……殿下、色々と考え直されたほうがいいですよ。協力は惜しみませんから」
「あ、うん。えっと……たぶん大丈夫、かな……」
私とお爺ちゃんが友情を確かめ合っている間に、フェスタ先生が殿下に悪魔の囁きを吹き込んでいたわ。
殿下が困っていらっしゃるじゃない。
まったく。悪魔はやっぱりイケメンなのね。
ブルーノ・フェスタ、恐ろしい人!




