研究室2
「やれやれ、あまりに遅いから心配したよ」
「申し訳ありません。偶然色々な方にお会いして、つい足を止めてしまいました」
「ああ、それで殿下がいないのかい?」
「……はい。ですが、それほど時間を置かずいらっしゃると思います」
「ほうほう。なかなかの自信だな。どうやらずいぶん信頼しているようだ」
「お爺ちゃんはどう思います?」
「うむ。よい判断だと思うぞ」
うーん。
お爺ちゃんはやっぱり狸だわ。
この腹の探り合い的な会話はもぞもぞするわね。
私の企みがばれているのか、それとも純粋に殿下のことをおっしゃっているのか読めない。
今のところ敵でないのは確かだけれど、味方とも言えないのよねえ。
お爺ちゃんが味方になってくれたらとっても便利――いえ、心強いのに。
「――ここがわしの研究室だよ。特に危険はないが、心配なら一度検分してもかまわんぞ」
「お心遣い、感謝いたします。それでは失礼して……」
お爺ちゃんのお部屋は関係者以外立入禁止らしいのに、私が入る前に護衛に調べさせるなんて気配りばっちりね。
まあ、もしお爺ちゃんがその気になれば私も護衛たちもあっという間に殺されちゃうのかもだけど。
しかもこの後はお爺ちゃんと二人きりになるから、本当に簡単に――。
「遅かったな」
「フェスタ先生? どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「学院長に呼び出されたんだよ。だが、ファッジン君と学院長を一緒にするとろくなことを考えないだろうからな。後々のためにも止める者が必要だろうと仕方なく来たんだ」
「要するにツッコミ役ですね」
「違う」
先生は即否定されたけれど、何が違うのかしら。
確かにお爺ちゃんが先生をお呼びしたのはツッコミが欲しいからではないとは思うけれど。
今回のことに関わっているというのもあるのでしょうけど、身内びいきではなく先生の実力を認めていらっしゃるからよね。
「……フェスタ先生は私たちに魔法の実技を教えてくださっていますが……今はその前段階の退屈な理論ですけど、どの授業も一通り教えることができるのですか?」
「魔法についてはな。社会学や言語などは無理だぞ。ただ一般常識を教えられるようになっておけばよかったとは、ここ最近つくづく思うよ。たとえば、教師を前にして『退屈』など生徒が言わないようにな」
「それでは、呪詛返しを教えてくださいませんか?」
「さらっと無茶振りをするのも非常識だと気付いてほしいんだよ」
授業が退屈なのは教師の怠慢だと思うのよね。
それなのに嫌みを言うだけでなく、誤魔化して終わらそうなんて残念だわ。
「先生、教えることができないならはっきりおっしゃってください。そうやってはぐらかすのは大人の悪いところだと思います」
「人の話を聞かないのは君の悪いところだぞ。授業中に話を聞いていないのは一万歩譲って許すにしても、対話しているときぐらいは聞けよ。あと、呪詛返しの前に呪詛自体が失われた古代魔法の一つだからな。そもそも古代魔法そのものが眉唾ものだよ」
「それでは、先生は呪いを信じていらっしゃらないのですか? 呪詛は不可能だと?」
「……呪詛返しができたら、とうに俺がしているよ」
「先生は誰かに呪われているんですか!?」
「呪われているとすれば、間違いなく君にな。君と関わるようになってからマジでろくなことがないんだよ。これが呪いというならある意味納得はできる」
「やっぱり私は呪われているんですか!?」
「いや、聞けよ。ちゃんと人の話を」
以前からそんな気がしていたのよね。
殿下との婚約発表したその日から、あの悪夢を見始めたんだもの。
蝶子は呪いが創りだした存在なのかしら。
まさか婚約発表の会場でいつの間にかサラ・トルヴィーニに髪の毛を盗まれていたとか?
それからエロエロナントカって呪文を唱えながらの呪術が行われて、それであの晩に長~い悪夢を見たのでは?
いえ、それだとおかしいわね。
もしあの悪夢が呪いの影響だとしても、サラ・トルヴィーニには何のお得にもなっていないわ。
ひょっとして儀式は失敗して、だからサラ・トルヴィーニは修行の旅に出ていたのでは?
ということは、パワーアップして帰ってきたってことよね。
それであの余裕の笑み。その後の王妃様に告げ口!
なんて恐ろしい子!
「先生、やはり呪詛返しを修得しましょう!」
「そんなことしなくても、君が俺を放っておいてくれればそれでいいんだがな」
「私には古代魔法なんて難しい魔法を修得することは面倒くさ――無理ですが、先生ならきっとできます!」
「だから聞けよ、人の話を。あと面倒くさいことを人に押しつけるな」
フェスタ先生は古代魔法習得に乗り気ではないみたい。
おかしいわね。
男性ってこういうの好きなんじゃないの?
だからアルバーノお兄様も古代魔法についての本をたくさん集めていらっしゃるんだと思うのよね。
ひょっとして、やり方がわからなくて躊躇しているのかも。
「大丈夫です、先生。古代魔法についての怪しげな本はアルバーノお兄様のお部屋にたくさんありましたから。諸外国からも持ち帰ったようです」
「怪しげな本の時点でまず疑え。それに何度も言うが、古代魔法なんてものは――」
「いや、あるぞ」
「ジジイ、話をややこしくするなよ」
「だって、わしの部屋なのに、わしは仲間外れではないか」
「ジジイが『だって』とか言うなよ、キモいぞ」
私の励ましも聞き入れようとしない先生を見かねてか、お爺ちゃんが加勢してくれた。
と思ったら、仲間外れにしてしまっていたからだったみたい。
そうだわ。今日は空飛ぶお爺ちゃんを見学に来たんだから。
主役はお爺ちゃん。
「わかりました。今日は空を飛ぶことに集中しましょう。そして次回は古代魔法について。どうですか?」
「勝手に決めるなよ」
「面白そうだからよいぞ」
「お爺ちゃん、ありがとう! 大好き!」
「わしもファラちゃんが大好きだぞ」
家族以外の男性でこんなに好きになったのは初めてかも。
嬉しくって思わず抱きしめたら、お爺ちゃんも抱きしめ返してくれた。
これって相思相愛ね。
あらあら。フェスタ先生ってば、お爺ちゃんに素直に愛情表現ができないからって、そんな嫌そうなお顔をされなくてもいいのに。
もっと嫉妬させてあげようと思って、さらにお爺ちゃんに強く抱きついたら殿下と目が合ってしまったわ。
いつの間にいらっしゃったのかしら。
思ったよりも早かったですね。
うん。さすが私。作戦は成功ね。




