研究室1
「そうね。あなたはまだ子供だものね。仕方ないわ。殿下、ファラーラさんを見送ったら私に会いにいらっしゃい」
「――はい、王妃陛下」
脅し。これぞ脅しですね。
私を見送ったらって、今すぐ帰せっておっしゃっていますよね?
去り際に王妃様だけでなく、取り巻きさんたちも頭を下げる私を睨んでいたわ。
ちゃんとこっそり確認しましたからね!
名前と顔を覚えるのは苦手だから誰が誰だかわからなかったけれど、あとで護衛たちに訊いておくわよ。
彼らはちゃんとそのあたりのことが頭に入っているはずだもの。
だから私が覚える必要はないのよね。
必要ないことはしない。これが楽に生きる方法。
だけど殿下のような真面目な方はそれがきっと難しいのではないかしら。
全部お一人で抱えられる必要はないのよ。
他の人に振ればいいのに、今もまたお一人で悩んでいらっしゃる。
「……殿下、今日はもうここでけっこうです。あとは一人で王宮見学できますし、殿下は王妃様のところへいらっしゃってください」
「まさか! 僕はファラーラに王宮を案内すると約束したよね? だからファラーラとの約束をきちんと果たして見送った後で、王妃陛下にはお会いするよ」
「ですが……」
それでは殿下のお立場が悪くなってしまうと思うわ。
普通なら親よりも友達や恋人(私は違うけど)を優先しても何の支障もないでしょうけれど、先ほどのお二人のやり取りを見る限りは無理。
ここは権力におもねって王妃様を優先なさるべきなのに、真面目なんだから。
「それでは殿下、私を魔導士協会の研究棟までお見送りしてくださいませんか?」
「いや、しかし――」
「私、長居する予定ですので、きっと殿下がご用事をすまされた後もまだいると思います」
だから後で落ち合いましょう。
そう含んで言うと、殿下はほっと安堵されたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべられた。
べ、別に私は殿下がいらっしゃってもいらっしゃらなくてもどちらでもいいのよ。
ただ殿下が苦悩していらっしゃるから提案しただけなんだからね。
そもそもの発端は私の我が儘で婚約させられてしまったばかりに、王妃様のご機嫌を損ねてしまわれたんだから。
殿下がお気にされていないならそれでいいけれど、傍目に見てもあんなに王妃様を慕われているんだもの。
殿下に研究棟までご案内していただいて、そして入り口で別れる。
本当は学院長のお部屋までとおっしゃられたけれど、あまり遅くなると殿下がお叱りを受けてしまうかもしれないので丁重にお断り。
申し訳なさそうにその場から離れられた殿下のお姿を見ていると、やっぱり腹が立ってくる。
さてと。
借りを返すために護衛騎士の一人に伝言を託す。
本当は手紙にしたいけれど、無駄に時間を浪費するわけにはいかないものね。
ええ。借りはきっちり返すわ。
私から(今のところの)婚約者を(一時的でも)奪った代償は大きいわよ。
王妃様も、告げ口をしたサラ・トルヴィーニも覚悟しておくことね。
かのナントカ王は言いました。
目には目を、歯には歯を。
そしてファラーラ法典にはこう記してあるわ。
復讐は熱いうちに打て。
だけどこれはほんの一時的な措置。
本来の復讐はじっくりことこと煮込んで、相手が油断した頃に熱々をぶちまけるのよ。
冷めた頃が美味しいなんて愚策!
冷ましてどうするの? お料理は熱いほうが美味しいでしょう? 冷製スープって口の中がざらざらしない? 後味は大切よ。
というわけで、長期的な復讐も考えないとね。
殿下を巻き込まず、誰にもそれとは気付かれず、復讐する方法は一つ。
プライドを砕いて粉々にして差し上げるのよ。
それもこの私、ファラーラ・ファッジンならできるわ。
国外逃亡――じゃなかった、国外移住前の置き土産にしましょう。
もうプランは考えたもの。
今の社交界には二大派閥が存在するのよね。
もちろん一つは王妃派。
そしてもう一つがファッジン公爵夫人派。
そう。私のお母様よ。
だけど甘い蜜を吸おうと企んでできた意地悪な王妃派と違って、ファッジン公爵夫人派はお母様のお人柄に惹かれて集まってきたご婦人たちばかり。
優しさと気遣いに溢れていらっしゃって、慈愛ある微笑みは人々を惹きつけてしまう(ジェネジオ談)のよね。
さすが私のお母様。
お父様もその地位と権力に驕ることなく常に公平で、お兄様方も優秀でいて気さくな(騎士モードのベルトロお兄様を除く)性格で皆に慕われているのよ。
それなのに、いったいどうして私みたいな子どもが産まれたのかしら(ジェネジオから漏れた心の声)。
要するに、ファッジン公爵夫人派はある意味烏合の衆。
優しいだけではこの殺伐とした社交界では生きていけないのよ。
あの眠っていた凶暴な熊(王妃様)の縄張りに立ち入って(殿下と婚約して)起こしてしまった今、牙をむいてきた(本性を現した)ってわけね。
やはりここは小さな王国――学院での確固たる地位を築いておかないといけないわ。
それにはポレッティ先輩とベネガス先輩の攻略は必至。
今の同盟関係ではない、傘下に入れるために何か策を講じないと――。
「やあ、君はファッジン君ではないか。こんなところで何をしているんだい?」
「――こんにちは、学院長。実は王宮内を見学しているところなのです」
「おやおや、そうだったのか。それでは私の部屋でも見ていくかい?」
「よろしいのですか?」
「もちろんだよ。さあ、ついてきなさい」
「ありがとうございます」
あれこれ考えているうちに、学院長と出会ってしまったわ。
ダンジョン攻略はこれでおしまいってわけね。
ただ前もってお父様から聞いていた〝偶然を装ってお爺ちゃんの研究室に入る作戦〟は間違いなく失敗したわね。
だって、全然偶然を装えていないもの!
まさかお爺ちゃんが演技力皆無だったなんて。
びっくりするくらいの棒読みだったわ。
魔導士協会会長の意外な欠点を知ってしまったけれど、とにかく空飛ぶお爺ちゃんに集中しましょう。
皆様、いつもありがとうございます。
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詳しくは活動にて。
皆様、よろしくお願いします(*´∀`*)ノ




