王宮4
「あら、殿下。こんな場所でお会いするなんて奇遇だわ」
「王妃陛下、ご機嫌麗しいようで何よりでございます」
「それほどでもないわ」
こっわー!
ここは不機嫌でも『アイム ファイン。センキュー。エンデュー?』じゃないの?
そもそもお二人は実の親子ですよね。
愛・どこにありますか?
以前から何となく思っていたけれど、本当に親子間の愛情が感じられないわ。
それなのに殿下はこんなにすくすく育って……。
真面目すぎるとか、面白みがないとか思ってごめんなさい。
お詫びにチェーリオお兄様が発見された〝お笑い草〟を差し上げます。
隠密ファラーラが立ち聞きしたところによると、旅の途中で通りがかった山間に大草原が広がっていたんですって。
笑いが止まらなくなる草で、何に対してもちゃんちゃらおかしい気持ちになれるそうなのよね。
笑うと免疫力アップにつながるって、何かで聞いたもの。
お兄様のお部屋にある『触るな危険箱』の中に入っているのは確認済みですから。
あ、あと奇遇でないことにアルバーノお兄様の古書コレクションを賭けてもいいわ。
でもその中にある『古代黒魔法』の本だけは省かないと。
呪詛返しの方法が載っているかもしれないもの。
なんて、にこにこ笑顔を張り付けて考えていたら、王妃様の視線が私に向けられてしまった。
ラスボスに――王妃様に気付いたときから殿下と距離を取ったけれど、ダメでしたか。そうですか。
やっぱり透明マントも欲しいわ。
「王妃陛下、もうご存じでしょうが、僕の婚約者であるファッジン公爵家のファラーラ嬢です」
「まあ、ファラーラさんだったの。小さくて見えなかったわ」
「……王妃陛下、お久しぶりでございます。このたびはご挨拶が遅くなり、大変申し訳ございません」
「いいのよ、挨拶なんて。私たちの関係が何か変わったわけでもないのだから。ただ、サラに対する態度は変わってしまったそうね。サラはいつだってあなたを仲間に入れてあげていたのに、あなたはサラを仲間には入れてあげないなんて」
こ、これが噂の(未来の)嫁いびり!
あのサラ・トルヴィーニの笑みはラスボス召喚を意味していたのね。
でも私には効かなーい!
だって、関係が変わらないのは事実ですもの。これからもね。
それよりも王妃陛下のほうがお変わりになってしまわれましたね。
今までお優しかったのに。
悪夢の中でだって、いつも微笑んでくださっていたわ。
だけど思えば、あれって眼中になかっただけな気がする。
そもそもあのときの私は周りのことなんておかまいなしに『突撃・王宮の晩御飯!』って勢いで、招待されてもいない昼餐会やお茶会、晩餐会にも出席していたもの。
うわー。恥ずかしい。
客観性は大切だけれど、黒歴史を思い出したいわけではないのよ。
いえ、待って。
あれが夢だか未来だかはわからないけれど、まだ起こっていないことだから黒歴史でも白歴史でもないんだわ。
あーよかった。
それでは、ここで普通なら傷ついてみせるべきでしょうね。
ええ、私が何をしたいかではないのよ。
周囲からどう見られるかが大切なの。
というわけで、名女優ファラーラ・ファッジン降臨!
「わ、私、そんなつもりでは……」
「王妃陛下、サラの同行を断ったのは僕です。ファラーラ嬢は何も悪くありません」
「まあ、相変わらず殿下はお優しいのですね。ですがここは私に意見するにはふさわしい場ではありません。弁えなさい」
「――申し訳ございません」
理不尽。これぞ理不尽。
傲慢ファラーラも真っ青の理不尽さ。
王妃陛下ってこんな方だったのね。
これは確かに、我が儘な私を婚約者にしてでも王妃陛下から――サルトリオ公爵派から殿下を引き離したいと思うわけだわ。
さてここで問題です。
この状況で私が王妃様に取るべき行動は次の内どれでしょう?
一、殿下を庇って謝罪する。
二、とりあえず泣く。
三、傲慢ファラーラ降臨。
はい。
正解は、何もしなーい!
私、学びました。
口は災いのもと。こういうときは何も言わないのが一番。
生意気なんて思われないように、このつり目な顔もちょっと伏せておきましょう。
ただ縋るようにこっそり(と見せかけてみんなが気づくように)殿下の上着の裾を摑むのよ。
これで周囲の心は鷲掴み。
ほらほら、こんなにか弱い少女を虐める義母(予定は未定)のできあがり。
周囲は必然的に可愛い私に同情するようになるわ。
これぞ〝秘技・咲良戦法〟!
王妃様の取り巻きさんでさえ、数人は私にキュンとしているようね。
ええ。人間だもの。
みんな小動物には弱いのよ。
私、『小さくて見えなかった』くらいですから。
この世は弱肉強食。
弱者が強者から生き延びるためには可愛さを利用して庇護者を見つけるか、群れるしかない。
まあ、私は羊の皮を被ったオオカミですけどね。ガオー!
「――まったく、陛下も何をお考えでいらっしゃるのかしら。家柄しか取り柄のない、謝罪もろくにできないような礼儀のなっていない子を殿下の婚約者にだなんて……」
「王妃陛下、そのお言葉はファラーラ嬢に対して失礼ではないでしょうか」
「失礼? この私が?」
「殿下、元は私が至らないせいですから。王妃陛下、ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。ですがこの先、必ずやご納得いただけるよう精進してまいりますので、どうか長い目で見てくださいますようお願い申し上げます」
前言撤回。
売られたケンカは買わないと、〝ブラマーニ王国の気高き狼〟と呼ばれる(今命名)ファラーラ・ファッジンの名が廃るもの。
そして後悔させてみせますわ。
今ここで私を潰さなかったことをね!
もちろん今はまだチビッ子だから、歯向かうこともできないけれど、以前の一匹狼だった私とは違うのよ。
群れを成して山の主である熊だって倒してみせる。
そのときには地に額をこすりつけて私に許しを請わせてみせるわ!




