王宮1
ああ、すっきり。
よかったわ、蝶子がセキトウに引っかからなくて。
気になっていた夢の続きを見ることができたおかげで目覚めもすっきり。
ベッドからもそもそ出て、寝室の中を見回す。
これらの貼り紙も無駄に終わったわね。
食事途中の会話は止められないことはわかっていたけれど、その後のことを考えて一応は蝶子へ注意喚起していたのよね。
「――おはようございます、ファラーラ様」
「おはよう、シアラ。これ、もういいから全て片付けておいて」
「かしこまりました。それでは今日は先に朝食になさいますか? それとも湯を浴びられますか?」
「湯を……?」
「はい。王宮にいらっしゃるのに、必要かと思いましたが、差し出がましかったでしょうか?」
「ああ……」
そうだわ。
今日は待ちに待った王宮に行く日。
別に殿下にお会いしたいわけではないけど、それを理由にお爺ちゃんに会いに行くのよね。
休日に婚約者である殿下を訪ね、そのついでに王宮を案内してもらうふりをしてお爺ちゃんの秘密の部屋に行くのよ。
そこで空飛ぶお爺ちゃんとご対面。
魔導士協会の研究所的なものは王宮にあって、その中でも上級魔導士はそれぞれ研究用のお部屋を与えられているらしいのよね。
やっぱり新しい魔法の研究は国家機密にしておきたいみたい。
あの朝、お父様に駄々をこねたら諭されてしまってしぶしぶ納得。
それなら私に教えなければいいのに、発案者として知らせておくべきだって陛下のご判断だったとか。
それでこの三日は早く空飛ぶお爺ちゃんを見たくてうずうずしていたのよ。
エルダたちに打ち明けるわけにもいかないし、殿下とも学院で不用意に話題にはできなかったしね。
お父様がおっしゃるにはしばらく秘密にしている間に様々な可能性――箒ではなく別の形で飛べるかどうかを研究されるらしいわ。
まあ、化粧品の成分と違って、ヒタニレの木材を使用した箒か何かで空を飛んでいるなんてすぐにわかることだものね。
だから他国に知れ渡る前に体制を整えておきたいっていうのはわかるけれど、それって無駄じゃないかしら。
もし私なら――。
「ファラーラ様、ようございましたね?」
「ええ。……って、何が?」
シアラは空飛ぶ箒のことは知らないはずよね。
私がこっそり練習していたのも見られていないはずだし、お爺ちゃんが空を飛べるようになったことも知らないんだから何がよかったの?
「王太子殿下に王宮にご招待されてから、ずっと楽しみにされているようでしたから……。ですが、また差し出がましいことを申しました。失礼いたしました」
「ううん。謝るほどのことではないわ」
シアラに謝罪させてしまったけれど、ちょっと口調がきつかったかしら。
一瞬警戒してしまったせいね。
でも、そうか。
周囲からは私のわくわく感は殿下に王宮へ招待されたからと見えるのね。
大いなる勘違いだけれど、本来の目的は内緒だから否定するわけにもいかないわ。
しかも私の我が儘で殿下と婚約して、サラ・トルヴィーニを牽制するために殿下を好きなふりをして、お忍びデート(のふりして社会勉強)もして、学院ではほとんど毎朝馬車寄せから教室まで送ってもらって、キラキラうちわをお互い持って、殿下のご招待にわくわくしている(ように見える)なんて、周囲から見れば両想いなのでは?
違う、違うのよ。
私は言いだした手前今さら後に引けないだけで、殿下は婚約者に対する義理でお付き合いいただいているだけ。
それなのにひょっとして世間では大いなる誤解が広まっている?
だからここ三日、エルダやミーラ様、レジーナ様も何だか生温かかったの?
気のせいだと思ったけれど、今思えば微笑ましく思われていたような気がするわ。
どうしよう。
不労所得にばかり気を取られていたけれど、今のままではうっかり殿下と結婚してしまうことになるんじゃ……。
ん? だけど、そういえば最近は以前のように殿下を子供に思えなくなってる?
あらら? よく考えて、私。
今の私は十二歳。殿下は……お誕生日いつだったかしら?
お祝いムードになっていないから、まだ十三歳ね。
あの最低最悪の悪夢から目覚めたときには、殿下のことが子供にしか思えなかった。
それは十七歳の気持ちだった私の影響? それとも二十代半ばの蝶子の影響?
だけど今は……今は……もう子供には思えないような、やっぱり子供のような?
うーん。
この際、婚約続行して結婚してしまう?
だって、そもそも王妃様って何をしていらっしゃるの?
王妃様ってもっとこう、慈善事業とか視察とか、王国のために頑張らないといけないと思っていたけれど、王宮でお茶会ばかりしていらっしゃるわ。
それって、いわゆる不労所得で悠々自適生活だと思うのよね。
いえ、やっぱり違うわ。
王妃様は一番大切なお仕事をすでにされているもの。
後継者をお産みになるっていうね。
たった一人とはいえ、殿下は健康でとても優秀な方だし、万が一の場合はリベリオ様だっていらっしゃる。
というわけで。はい、消えた。
エヴィ殿下にはご兄弟がいらっしゃらないから、後継者を望む声はとってもとっても大きくなることが予想されるわ。
よし。やっぱり婚約解消は既定路線ね。
今日はもう細かいことは気にしない。
純粋に空飛ぶお爺ちゃんを見学しましょうっと。




