朝食
「――偶然じゃなくて、必然だから!」
ああ、もう!
また目が覚めてしまったわ。
って、昨日いつもより早く寝たせいかもだけど。
それにしてもセキトウめ。
あれはきっと偶然を装って、家賃を無料にしてもらおうって魂胆に決まっているわ。
安い! 安すぎる!
ディナーにちょっといいワインをつけたくらいで、まさか本当に蝶子が家賃を無料にするとでも?
それとも値引き狙い?
とにかく安い女だと思われているのは確か。
あの探偵は何をしているの?
ちゃんと止めているわよね?
蝶子の過去とかどうでもいいから、これからを調べなさいよ。
でもひょっとして、性格の悪い蝶子のことだから、それくらいはお見通しかも。
ああ、続きが気になる。
もう一度眠ればいいかしら?
そう思ってお布団にもぐりこんだけれど、そっと扉が開く気配がしてそちらに目を向けた。
するとすごく申し訳なさそうにシアラが顔を覗かせている。
「どうしたの? こんなに早くに」
「申し訳ございません、ファラーラ様。お声が聞こえてまいりましたので、お目覚めかどうか確かめようと……」
「もう一度寝ようとしているところなの」
「大変失礼いたしました。それでは旦那様にはそのようにお伝え――」
「お父様? どうして?」
「は、はい。旦那様からファラーラ様がお目覚めになったらお知らせするようにと――」
「お目覚めしたわ。知らせてきて」
「え? は、はい。かしこまりました」
朝に弱い私が起きたら教えてほしいって、お父様がわざわざ頼まれるってことは、何か大切なお話があるってことよね。
それは大変。何なのかすごく気になるもの。
二度寝なんてしていられないわ。
ベッドから出ると、ちょうどシアラが戻ってきた。
それから朝の支度をしてもらって朝食室に入る。
お父様は私に挨拶をするとさっと手を振って使用人たちを下がらせてしまった。
え? 飲み物は?
朝食もほしいんだけど、給仕は誰がしてくれるの?
むむ。朝の支度をしながら、紅茶は飲んだけれど牛乳は?
焼き立てパンに軽く炙ったハム。あとは茹でた野菜と卵。
目の前にすでに用意されているお料理を睨んでいると、控えめなノックの音がしてお父様が応じられた。
すると、執事がいつもの私の朝食を運んできてくれる。
そうそう。やっぱり焼き立てパンじゃないとね。
目の前の香ばしいパンを手に取ると、執事はさっさと部屋から出ていく。
そうだわ。朝食を食べている場合じゃないのよ。
お父様は何か私にお話があって、しかも人払いをするほどの内容ってことなんだから。
ちぎったパンを口に入れて、お父様のお話を待つ。
あら。このジャム、なかなか美味しいわ。
いつもイチゴジャムばかりだったけれど、たまには変えてみるのもいいわね。
「ファラーラ、朝から呼び出してすまなかったね」
「……お気になさらないでください、お父様。もうすでに起きておりましたから」
本当は夢の続きを見たかったけれど、蝶子よりもお父様のお話のほうが大切。
あら。このドレッシングもなかなか美味しいわ。
やっぱりテノン家の料理長をしていただけあるわね。
初めての味だけれど、異国の味付けなのかも。
「――で、見事成功したんだよ」
「え? まあ、それは……」
何が? 朝食に気を取られてちっとも聞いていなかったわ。
ええっと。とにかく何かが成功したのよね。
ということは、おめでたいことだから答えは簡単。
「おめでとうございます、お父様」
「いやいや、祝福ならファラーラに贈るべきだろう。お前の発案なのだから。おめでとう、ファラーラ。素晴らしい発案だよ。陛下も大変お喜びだ」
「……ありがとうございます、お父様。それでお爺ちゃ――学院長は無事に飛べたのですね?」
よくわからないけれど、そういうことよね?
何かが成功→私におめでとう→陛下もお喜び→学院長が箒で空を飛べた。
うん。名探偵ファラーラ・ファッジンの完璧な推理。
お父様、正解をどうぞ!
「ああ、先ほども言ったように、会長は何度かの挑戦を経て無事にあの……箒で飛ぶことができるようになった。まだ室内なのでどこまで飛ぶことができるのかはわからないが……会長がおっしゃるには慣れていけば王都の端から端までは飛べるだろう、と。陛下と一緒に私もその様子を見たが、本当に驚かされたよ」
「私も見たいです! 今日、これから王宮にご一緒してもよろしいですか!?」
ついに私の夢が叶うのね!
まあ、思いついたのは最近だけど。
空を飛ぶのは人類の夢ってことで。
「いや、残念だが今日は学院へ行きなさい」
「ええ? なぜですか?」
発案者は私で、陛下だって喜んでいらっしゃるのでしょう?
あ、ご褒美は金銀財宝がいいです。
実り豊かな土地も素敵だけれど、管理が大変だし、上納義務があるから面倒くさいのよね。
そうだわ。
確か国に大きく貢献した人物は何かしらの褒章が与えられたはず。
地位と身分は十分にあって、何の足しにもならない名誉はいらないけど、副賞がどんなものか(家庭教師が)調べて魅力的なものだったら目指すのもいいかも。
「――というわけで、わかってくれたかい?」
「え? い、いえ、でも……」
しまった。
副賞のことを考えていて、質問しておきながらお父様のお答えを聞いていなかったわ。
というわけで、ここは単純に聞き分けのないふりをすればいいのよ。
だって、それが私。ファラーラ・ファッジンだもの。




