蝶子13
「ねえ、雄大。男性が女性を食事に誘う理由って何?」
「そりゃ、下心があるからだろ」
「あんたじゃないんだから、他にも何かあるでしょう?」
「別に性的な下心だけじゃねえよ。誘う店にもよるけど、情報収集やコネがほしいとか、男女関係なく世の中下心だらけだよ」
「雄大……あんたまだ大学生なのに、いったい何があったの……」
「むしろ姉さんに何もないのが問題じゃね? つうか、何事も鈍すぎなんだよ。で、男から食事に誘われたの? 誰? どこの店?」
「あんたには関係ない」
リビングでテレビをつけたままスマホをいじっていた雄大は、テレビを消すといきなり振り向いた。
雄大のニヤけた顔がムカついて、私は詳しく答えることを拒否してダイニングチェアーから立ち上がった。
「何だよ、そっちから訊いてきたんだからちゃんと答えろよ。姉さんは男運が悪いっつうより、男に免疫ないからな。また変なのに引っかかるなよ」
「うるさいわね!」
「一応、友達としてって線もあるけど、基本的に男女の友情は成立しないからな。あと、姉さんと友達になろうって男がいるわけな――っ! ものを投げるなよ」
「バカ雄大!」
本当に雄大はムカつくわ。
それが正しいのがまた腹立つのよ。
子供っぽいってわかっているけど、ドアを勢いよく閉めて自分の部屋に戻る。
もちろん雄大は謝りに来たりなんてしない。
私が理不尽でも怒れば謝りに来ていたのは、それこそ十年以上も前。
あの頃の私は、思い通りにならないことなんてないと思っていたのよね。
両親は私に興味がないから、適当に優等生のふりをしておけば何でも欲しいものは買ってもらえたし。
ううん。大人になっても変わらなかった。
咲良が現れなければ、誠実さんと結婚して、お料理教室なんかで威張り散らして、子供ができたらまた威張り散らしていたんだわ。
それでまた陰で笑われるのよ。
結局、私は年だけ取った子供のまま。
学生時代のように狭い世界で生きて、他の人たちがまた違う世界を持っていることにも気付けなかったでしょうね。
「……」
ちょっと考えて、私はポケットに入れていたスマホを取り出した。
それから関藤さんに了承の返信をする。
その後、登録したまま一度もかけたことのなかった番号の発信ボタンを押した。
呼び出し音が何度も聞こえ、諦めて切ろうとしたそのとき。
『――もしもし?』
「私だけど、ちょっと――」
『〝私〟さんという人には心当たりがありませんが、どちら様ですか?』
「蝶子様ですけど?」
初めに名乗りもしなかったのは失礼だとわかっているのに、なぜか素直に謝ることができなくて意地を張って答えてしまった。
だけど電話の向こう側で噴き出す声が聞こえる。
『昨日の今日でまだ調査は終わってねえよ』
「そのことじゃなくて、新しい依頼をしたいの」
『何? 新しい彼氏の浮気調査?』
「新しい彼氏なんていないわよ。もう恋愛も結婚もしたいと思わないし」
『ふーん。まあ、結婚はともかく恋愛は自分で決められるもんじゃないぞ』
「そんなくさい言葉は必要ないわ。とにかく、近いうちに関藤さんと食事をすることにしたの。だから、そのとき傍にいてくれないかしら?」
『は? 彼氏のふりでもしろってか?』
「違うわよ。他人のふりをしてほしいの」
「何だそりゃ?」
関藤さん相手に彼氏のふりをしてもらったって、何にもならないじゃない。
咲良相手にハイスペ彼氏のふりをしてもらうならともかく。
呆れつつ依頼内容を言えば、相上はさらに笑った。
そういえば、電話越しでこうして笑う人なんて今までいなかったわ。
そもそも私と話していて噴き出す人もいなかった。
今思えば愛想笑いのようなものばかり。
本当に心から面白いと思って笑ってくれていたのって……。
ああ、誰かを中傷しているときくらいだわ。
皆で陰口を言って笑って、私はそれが嬉しかったのよ。
それで調子に乗ってエスカレートしてしまったのね。
「……関藤さんの用件がただ仕事の話なのか、そうでないのかわからないから会ってみようと思うの。それで……とにかく、私が暴走しないように見張っていてよ。ほら、相手は弁護士でしょう? 下手なことはできないから」
『ふ~ん。なるほどな。んじゃ、また詳しい日時と場所がわかったら連絡してくれ』
「ええ、また連絡するわ」
『メールでいいぞ』
「……わかったわ」
要するに、電話は面倒ってこと? 私と話しても面白くないから?
電話を切ったあともしばらくスマホを見つめていたけど、こんなことを考えるのも馬鹿げているわよね。
私は依頼人なんだから、面白いとか関係ないわよ。
ただちょっと虚しいだけ。
それもこれも全部、自業自得だって今はわかってるけどね。




