理想と現実2
「――ファッジン君は放課後、学院長室に来なさい」
「学院長室……ですか?」
「ああ。理由は説明するまでもないと思うが?」
「――はい。わかりました」
二限目のフェスタ先生の授業後。
先生から告げられた内容にちょっと驚きつつも了承する。
生徒会室か職員室に呼ばれるかとは思ってはいたけれど、学院長室はさすがに予想していなかったわ。
「ファラ、学院長室だなんて、大丈夫?」
「ええ、本当に。学院長が学院にいらっしゃるだけでも驚きですのに、ファラーラ様にお会いなさるなんて……」
「そうかしら? ファラーラ様だからこそ、学院長がお会いになるのよ。きっとファラーラ様の功績を称えてくださるのですわ」
「そうですわね! そうに違いありませんわ! 私ったら、余計な心配をしてしまって……。ねえ、エルダさん?」
「う、うん。そうだよね」
さすがに学院長室に呼ばれたことでエルダたちに心配をかけてしまったみたい。
いつもは職員室だものね。……いえ、いつも呼び出されているわけではないのよ。自主的に行っているだけ。
ちょっと緊張するけれど、学院長には直談判しようと思っていたからちょうどいいわ。
新しい活動――魔法ラブを学院長に認めてもらわないとね。
そう決意をして食堂に向かう。
食堂では何人かの女生徒がキラキラうちわを振ってくれたので、手を振り返すと黄色い歓声が上がった。
人気者はつらいわー。困るわー。
どこにいても気が抜けないもの。
そしていよいよ放課後。
帰り支度をして、エルダたちに声をかける。
「――それでは私はこれで失礼するわ。また明日ね」
「ファラ、何かあったらいつでも言ってね!」
「ファラーラ様、私もいつでもお力になりますわ!」
「もちろん私もです! あ、力は全然ないですけど……」
「みんな、ありがとう。でも大丈夫よ」
別に叱られるわけでもなく私は大丈夫なのに、みんなこんなにも心配してくれるなんて。
エルダもミーラ様もレジーナ様も本当に優しくて嬉しくなる。
はあ、幸せ。
友達がこんなに素敵なものだとは思いもしなかったわ。
以前の私はもったいないことをしていたわよね。
蝶子も友達ができればいいのに。
幸せを噛みしめながら学院長室に向かっていた私は、あることに気付いて思わず足を止めた。
そのせいで背後の騎士も驚いて止まり、急ぎ一人が私の前に進み出る。
「ファラーラ様、いかがなされましたか!?」
「え? あ、ううん。何でもないわ」
「さようでございますか……」
周囲を警戒していた騎士も何事もないと判断したらしく、私の言葉にほっと息を吐いた。
うん。本当に何でもないの。
驚かせて悪かったわ。
ただ私の壮大な計画――不労所得で国外悠々自適生活にはとんでもない欠点があることに気付いただけ。
もし私が殿下と婚約解消して国外で生活することになったら、今のようにエルダたちとは会えなくなってしまうわよね?
風魔法で近況をやり取りはできるけど、物理的な距離は心も離れてしまうものよ。
もちろんそれぐらいで三人との友情が終わるとは考えたくないけれど、お互い生活環境が変わると近くにいても疎遠になったりして……。
まあ、蝶子の場合は本当の友達じゃなかったからだけど。
でも今のように会えなくなるのは寂しい。
だからといって、ここに残る?
エルダはともかく、ミーラ様やレジーナ様は殿下と婚約解消した私と仲良くしていては、社交界での立場も悪くなってしまうわよね。
ということは、ミーラ様やレジーナ様、それにエルダだって、もし私が王太子妃となって王妃となれば、本来望めないはずの縁談や職を得られるかもしれない。
何より、私の幸せ(だと思って)を心から喜んでくれると思うわ。
う~ん。だとすれば、やっぱり殿下と婚約続行するべき?
客観的に見て、今の私なら殿下から婚約解消を望まれることはまずないと思うのよね。
まあ、殿下に他に好きな人ができたというなら別だけど。
それって……何だか嫌な気分。
きっとあの悪夢がトラウマになっているのね。
これは克服するべき問題だわ。
だけど、本当に殿下に好きな人ができたときには、正直に言ってもらわないと。
真面目な殿下のことだから、約束は守るべきって自分の気持ちを抑えて無理して私と結婚してしまうでしょうから。
それだけは絶対にいや。
あら? それではもし私に別に好きな人ができたら?
う~ん。理想の王子様が存在するとは思えないし、エルダたちとの友情のほうがずっと大切。
そうだわ。これからは、エルダやミーラ様、レジーナ様のためになるような円満な婚約解消を目指して頑張ればいいのよ。
そのためにも、やっぱりファラーラ・ファッジンいい人作戦を続行するべきね。
そして王太子殿下の婚約者としてではなく、ファラーラ・ファッジンとして人望を集めればいいのよ。




