理想と現実1
おかしいわ……。
私の予定では、空を飛ぶことはできなくても、皆様のように浮くことくらいはできると思ったのに。
私の魔力は通常より高いのは間違いないけれど、土魔法系は苦手なのかしら。
以前の私は土魔法なんて地味だと練習さえしなかったから、今一つわからないのよね。
だけど風魔法は意外と得意だったのよ。
帰宅してからシアラも下がらせて、部屋で一人練習しているのにちっとも宙を浮かないわ。
まさか私は空を飛ぶ才能がないのでは……。
それでは何の意味もないじゃない。
いえ、だからこその部活〝魔法ラブ〟なのよ。
一人の努力も必要だけれど、みんなが努力して協力することが目標なんだから。
誰かがきっと私も飛べるような方法を考えてくれるはず。
うん。さっそく明日登校したら、学院長に掛け合いましょう。
生徒会はリベリオ様に任せておけばいいわね。
なんて計画を立てていると、シアラがノックして入ってきた。
普段は邪魔なんてしないのに、どうしたのかしら。
「申し訳ございません、ファラーラ様。奥様からファラーラ様のお傍に控えておくようにと申し付かりました」
「お母様が? ……ひょっとしてチェーリオお兄様からお手紙か何かが届いた?」
「――チェーリオ様かどうかはわかりませんが、奥様のお手元にはお手紙がございましたので……」
「そう……。わかったわ」
お兄様ってば私の行動を予測していたのね。
心配してくださるのは嬉しいけれど、これじゃ隠れて練習できないわ。
今日は殿下たちの前で飛ぶことができなかった分、そのうちバビューンと飛んでみせたかったのに。
もちろん〝魔法ラブ〟の新入部員たちにも披露できたら素敵よね。
飛べるようになるまではマネージャーとして在籍するのよ。
これぞ〝能ある鷹は爪を隠す作戦〟だったのに。
そして今以上に私のキラキラうちわが売れてマージンたっぷり。
悠々自適生活の夢がまた一歩近づくのよ。
「あの、ファラーラ様」
「何かしら?」
「私に至らぬ点がございましたら、以前のようにおっしゃってください!」
「いたらぬ……点?」
箒を握りしめて不労所得の――部活動のことを考えていたら、シアラが悲壮な表情でいきなり訴えてきた。
まさかお母様に何か叱られてしまったの?
いえ、それとも侍女頭か執事かも。
シアラはとってもよくしてくれるのに酷いわ。
そうよ。シアラはこんなに綺麗で有能なんだもの。
若さと美しさ、その才能に嫉妬した侍女頭が他の侍女たちを使って嫌がらせをしているとか?
きっとわざと仕事の邪魔をして「この愚図!」とか言われているのよ。
それとも執事からセクハラされているのかも!?
あんな澄ました顔をしていながら裏では「げっへっへ! わしの言うことを聞かないと、クビにしてしまうぞ~」とか。
大変! 私の大切なシアラを守らないと! ジェネジオへの人参を失ってしまうわ!
「シアラ、誰に何をされたの? 私が懲らしめてあげるから、正直に教えて?」
こういうときは無理に聞き出そうとせずに、相手に寄り添って話しやすい雰囲気を出すのよね。
蝶子が会社から配られたマニュアルにも書いてあったわ。
ストップ! セクハラ、パワハラ!
「い、いえ。誰にも何も……ただ、ファラーラ様が……」
「私? やっぱり私のことが嫌いなの!? いっぱい我が儘言って意地悪したから!?」
そうよ。パワハラと言うなら、確かに私はパワハラの権化だったわ!
でもシアラは喜んでいたのだとばかり……いえ、これはセクハラ親父の言い訳と同じ。
反省も後悔もしないのが私のポリシーだけど、それでもシアラのためなら今後は善処するわ。
「そのようなことは決してございません! ファラーラ様の我が儘はとても愛らしく、意地悪とは何についておっしゃっているのか存じませんが、私にとってファラーラ様はご褒美です!」
「あ、うん。ありがとう……」
うすうすシアラには被虐趣味があるんじゃないかと思っていたけれど、そこまではっきり宣言されるとは予想外だわ。
やっぱり「女王様とお呼び!」っていうのは必要かしら。
「それなのに……私が至らぬばかりにファラーラ様にお気を使わせてしまったのですね……。私はファラーラ様の侍女として失格です。お暇を申し渡されても仕方のない身。ですが今すぐ改善いたしますから、どうかお傍にいさせてください!」
「えっと、ちょっと意味がわからないけど、私はシアラを解雇するつもりはないわ。そもそも何をそんなに気に病んでいるの?」
「っ、ありがとうございます! ファラーラ様のご慈悲に感謝いたします! それではまずそちらの箒をお貸しくださいませ。おっしゃっていただければ、私が掃除いたします!」
「あ、ああ!」
そういうことだったのね。
私が箒を持って隠れてごそごそしていたから誤解してしまったんだわ。
シアラも馬鹿ね。私が掃除なんてするわけないじゃない。
「違うのよ、シアラ。これは特別な箒なの。シアラも知っているでしょう? ジェネジオに依頼していた特注品だって。ちょっと実験をしたかっただけで、この部屋の掃除に不備があるとか思っていないから」
「さ、さようでございましたか……。早とちりしてしまいました。申し訳ございません」
ほっとした後に恥ずかしくなったのか、シアラは顔を赤くして頭を下げた。
私が癇癪を起したときの動揺した姿とは違って、照れる姿が可愛いわ。
あら、そういえばこんなシアラを以前も見たことがあるような……。
って、ああ!
まさかそんなことがあり得る?
だけど……アルバーノお兄様がお傍にいらっしゃるときのシアラの態度はどこかぎくしゃくしていて……以前の私はそれで怒ったことがあったわ。
それにシアラはあの長~いお話をちゃんと聞いて、いつも後で要約して教えてくれていたのよね。
二人は確か学年は違うけれど、学院に同時期に在籍していたはずで……。
シアラが言っていた、欲しかったキラキラうちわって、まさかのアルバーノお兄様のものだったり?
それでこの屋敷で働くことにしたとか?
ないわー。本気でないわー。
とはいえ、趣味は人それぞれ。
それに、何があっても結ばれることはないでしょうし、憧れとシアラも割り切るしかないわよね。
「――シアラ、お茶を用意してくれる? もう実験はやめるから」
「はい、かしこまりました!」
箒をチェストに立てかけてソファに座ると、シアラが嬉しそうに答えて控室に入っていった。
あの悪夢の中でのシアラはジェネジオと付き合っていたけれど、今のところその気配はないのよねえ。
でもまあ、あれはもう少し先――三年後くらいだし、ジェネジオが頑張ればシアラを振り向かせられるのかしら。
そういえば、ジェネジオもちょっと理屈っぽくて、アルバーノお兄様に雰囲気が似ているかも。
理想と現実ってやつ?
うーん。理想ねえ……。
今まであまり考えたことがなかったけれど、私の理想はどんな人かしら。
まずは私にふさわしい身分で顔もよくて、頭もいい人。
お金持ちなのは当然として、絶対に浮気をしない人。
だから性格は優しくて、誠実――誠意があって、面白くて、私の言うことを何でも聞いてくれる人。
だけど甘いだけじゃ退屈してしまうから、時にはダメなことはダメと優しく叱ってくれないとね。
あら、これってまるで……お父様だわ。
父親に似た人を好きになるとかって、よく聞くけれど本当なのかも。
それでもお母様のように内助の功なんてことはできないし、やるつもりもないから、やっぱり私は悠々自適の独身生活を満喫できるように頑張りましょうっと。




