チェーリオ7
「ファラーラ! 会いたかったよ~! こうしてわざわざ会いにきてくれるなんて、やっぱり私のことを心配してくれているんだね?」
「もちろんですわ、お兄様。チェーリオお兄様は私のお金の成る木――ではなかった、私を将来にわたって支えてくださる大切な方ですもの。お元気そうで安心しました。あとで研究成果を見せてくださいね」
腕を広げて迎えると、ファラーラは飛び込んできてくれた。
一瞬躊躇したようだが、ちゃんと湯は浴びているからな。
そんな用心深いファラーラが好きだぞ。
しかも大切だなんて嬉しいことを言ってくれるなど、ますます張り切ってしまうじゃないか。
可愛いファラーラとの久しぶりの再会を満喫していると、気分の下がる声が割り込んできた。
「……チェーリオ殿、お久しぶりです。相変わらずお元気そうですね」
「殿下もお変わりないようで……。ファラーラをここまで連れてきてくださったことにだけは感謝いたします。それでは、ごきげんよう」
「お兄様! たとえ居候でも、きちんと殿下をお迎えしてください。失礼です!」
いつの間にファラーラはこんなに立派なことが言えるようになったんだ。
やはりファラーラの成長を間近で見守れないのはつらいな。
これから体も心も成長していくのかと思うと寂しいが、ここは兄として喜ぶべきだろう。
背は前回から伸びてはいないようだがな。
「――あ、そうそう。フェスタ先生、いつも兄がお世話になってばかりなので本日は心ばかりではありますが、お礼の品をお持ちいたしました」
みんなで腰を下ろしてひと息ついたところで、ファラーラがブルーノにお礼の品をと言いだした。
私にはないのか、ファラーラ。
研究だってかなり進んでいるんだぞ。
「実はあれが気にはなってはいたんだが、やはりそうか。君の気持ちだけで胸やけがするから気にしないで、どうぞファッジン君の心ごと持ち帰ってくれ」
「フェスタ先生、その言い方は酷くないですか? ファラーラの心遣いを突き返すようではないですか」
「そうだぞ、ブルーノ。ファラーラが何かを人に贈るなどめったにないことなんだからな。ありがたく受け取れ」
ちょっと寂しく思っていると、ブルーノがかなり失礼なことを口にした。
これはファラーラだけでなく私からもちゃんと抗議しなければならない。
ファラーラから贈り物をもらうことがどれだけ貴重かわかっていないのなら、あとでじっくり教えてやろう。
その前にまずどんな品なのか確認したいのに、ブルーノは包装を解こうとしない。
何をやっているんだ。
「ブルーノ、開けてみろよ。ファラーラからのプレゼントだぞ。何か見せてくれ」
「ご遠慮などなさらずどうぞ」
ファラーラのあのわくわくして頬を赤く染めた顔を見ることができるのだから、少しくらいは許してやろう。
きっとブルーノが喜べば、ファラーラはさらに喜ぶはずだ。
もったいぶってリボンをほどくブルーノにもどかしさを感じながらも黙って待つ。
そしてようやく包み布の中から出てきたのは、学生時代の私とブルーノの小さな肖像画だった。
ちょっと意味がわからない。
「こちらの肖像画はジェネジオに頼んで、当時のお二人を知っている画家に描かせたものなんです。学院に通ったものの、魔法の才能より絵の才能のほうがあったそうですわ」
「……そうか」
「そして裏面は今現在のお二人のお姿なんですよ。その画家は一度見たものは忘れないという才能もあるらしくて、最近のお二人をたまたまお見かけした程度らしいのですが、そっくりに描いてくれております。羨ましい才能ですわ」
「……あいつか」
「クレト・ピシャだな」
「ご存じだったんですね」
今さらクレト・ピシャのことを思い出させられるなんて。
あいつは……最悪だ。
まさかファラーラはあいつと会ったのか!?
「お気に召しませんでしたか? フェスタ先生とチェーリオお兄様のご友情の証にと、学生時代のお二人と今現在のお二人のお姿をキラキラうちわにいたしましたのに」
ファラーラを問い詰めようとして、驚きのあまり何の反応もしなかったことに気付いた。
そうだ。せっかくファラーラがわざわざブルーノのためにと用意したものなのに。
何か口にしなければと改めて肖像画を見下ろしていると、ブルーノが顔には出さず迷惑そうな声で問いかけてきた。
「俺……お前と肩を組んだことあったか?」
「いや、覚えてないな。でもまあ、あったんじゃないか?」
「そもそもピシャは国からの要請を断って以来、行方知れずになっていただろう」
「画家になっていたんだなあ。確かに絵は上手かったからな」
「いや、そういう問題ではなく、行方がわからなかったんだぞ? もちろんテノン商会もその話は知っていたはずだ」
確かにクレト・ピシャのことは気になる。
あいつは絵も上手かったが、それ以上に特殊な才能があって、魔導士協会から声がかかっていたんだ。
王宮でも必要とされながら行方不明になってしまって、一時期は他国に攫われたのではないかと心配されていた。
お姫様かよ。
各国に散らばる密偵たちにも捜させていたはずなのに、テノン商会は――ジェネジオ・テノンは行方を知っていたということか。
なるほどな。
ジェネジオ・テノンとは一度きちんと話をしなければと思っていたところだ。
ファラーラが最近かなり贔屓にしていると、侍従からも聞いている。
要するに、アル兄さんが言っていたキラキラうちわに、テノン商会が関わっていることは間違いなかった。
だからジェネジオ・テノンと交渉してファラーラのキラキラうちわを手に入れる予定だったんだよな。
「えっと、世界で一つだけだなんて、すごいね。しかもあのクレト・ピシャが描いたものだなんて、さすがファラーラだよ」
「そうおっしゃっていただけて嬉しいです! あ、そうですわ! エヴィ殿下もジェネジオに頼みましょうか? リベリオ様とのキラキラうちわを」
「いや、それは大丈夫」
なんてことだ。
クレト・ピシャとキラキラうちわに気を取られて、この贈り物の素晴らしさをファラーラに伝えるのを忘れていた。
殿下に先を越されるなど、何たる不覚。
「そういえば最近、リベリオ様をお見かけしませんが、まさかご病気ではないですよね?」
「……元気だと思うよ。何を思ったのかいきなり旅に出ると言って出発したきり、連絡はないけど」
「ええ!?」
「何だ、ファッジン君は知らなかったのか? プローディ君はしばらく休学しているぞ。女生徒を中心に騒いでいただろう?」
「……知りませんでした」
へえ。あの生意気なクソガキ――ではなかった、プローディ殿は旅に出たのか。
あるよなあ。自分探しの旅とかって痛い時期が。
それで自分がいかに無知で未熟かを理解できればいいが、逆に慢心する場合もあるからな。
「リベリオ様はなぜ今の時期にご旅行することになさったのでしょう? お祭りか何か、催しがあるのでしょうか?」
「旅行じゃなくて、旅な。似ているようで違うからな」
おいおい。今、ファラーラのことを殿下は無視されたか?
そうか。プローディ殿のことばかり話題になるので拗ねていらっしゃるのだな。
だからといって、ファラーラを傷つけていい理由にはならないけどな。
たとえそれが殿下であってもだ。
「殿下は……やっぱり私のことがお嫌いなのですね……」
「はあ!? ちょっ、違う! 全然違う! 僕は――」
「殿下、少々よろしいですか?」
「い、いや、よろしくない! チェーリオ殿――っ!?」
殿下の腕を摑んで強引に立ち上がらせると、別室へと向かう。
不敬とかそういうのはどうでもいい。
ここからは男同士の話し合いだからな。
そろそろはっきりさせなければと思っていたところだったからいい機会だ。




