チェーリオ4
久しぶりに湯も浴びたし、ひげも剃ったし、服は新調したものだし、これでファラーラに拒否されることはないな。
イチゴも問題なく熟してきている。
よし、準備もできた。あとはファラーラが到着するだけだ。
「チェーリオ、お前……朝から二度も湯を浴びる必要はなかったんじゃないか?」
「ファラーラに久しぶりに会えると思ったら、落ち着かなくてな。どこもおかしくないか?」
「……まあ、見た目は」
「そうか、よし。あ、来たぞ!」
「ああ……」
家紋は入っていないが、明らかにファッジン公爵家の馬車が前庭へと入ってきた。
いよいよファラーラとちゃんと会える。
前回はほとんど後ろ姿しか見ることができなかったからな。
「ファラーラ! わざわざ会いにきてくれて嬉しいよ!」
玄関前に馬車が止まったところで階段を駆け下りる。
そして現れたファラーラを見た私は、驚きはっと足を止めた。
しばらく会わないうちにぐっと大人びたんじゃないか?
まだ十二歳だというのに顔つきもしっかりして幼さが抜けてきている。
「お兄様?」
「き、今日はちゃんと湯を浴びて綺麗に体も洗っているんだ。触れても大丈夫かな?」
「大丈夫に決まっていますわ!」
このまま抱きしめてもいいのだろうかとためらって訊ねると、いつもの可憐な笑顔で答えてくれた。
ああ、やはりファラーラは天使だ。
「お兄様、今日はで……エヴィ殿下と参りましたの。お二人はすでにお知り合いでいらっしゃいますね」
「エヴィ…殿下ね……」
耳障りでわざとらしい咳払いが聞こえたが、あえて無視していたのに。
もちろん礼儀正しいファラーラは無視することなく、咳払いの主を紹介してくれた。
ところが、だ。
「ああ、ありがとう。ファラーラ」
「ファラーラ……だと……」
私の大切な天使を呼び捨てにするとは何様だ?
怒りに我を忘れそうになったが、ここは耐えねばならない。
そうだ。相手は王太子殿下なんだ。
「お久しぶりです、チェーリオ殿。無事に王都に戻っていらっしゃったのですね。それなのに公爵邸にお帰りにならないから、ファラーラが心配していましたよ」
「ファラーラ、だと?」
たかが婚約者(仮)なだけで、ファラーラに馴れ馴れしすぎないか?
今までの興味のなさはどうした?
やはり婚約(仮)したことで、ファラーラの尊さに気付いてしまったのか。
わかる。その気持ちはわかるが、私は認めないぞ。
「お、お兄様! あの、今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます! えっと、エヴィ殿下は少し大げさですの。心配というか、寂しかったのです!」
「そうか! 寂しかったのか!」
「え、ええ……」
私に会えなくて寂しかったなどと、なんていじらしいことを言うんだ。
やはりファラーラは可愛いなあ。
顔つきは少し変わったが、腕の中のファラーラは変わらずで背は伸びていないようだ。
そうだな。まだまだファラーラは子供だからな。
「いつまでも玄関先で立っていても仕方ないし、中へどうぞ」
「ありがとうございます、フェスタ先生。それではファラ――」
「ファラーラはブルーノのクラスになったんだって? 学院生活はどうだい?」
「え? あ、あの、とても楽しいですわ、お兄様」
ブルーノに言われてまだ玄関先だったことに気付いた。
か弱いファラーラを太陽の下で立たせたままだったなんて、浮かれすぎていたようだ。
少しゆっくりしてからファラーラにイチゴハウスを見せて喜ばせよう。
それで約束を果たせなかったことをファラーラが許してくれるなら、屋敷に戻ればいい。
そうすれば毎日ファラーラに会えるぞ。
制服姿のファラーラに「おはよう」と言い、学院から疲れて戻ってきたら「おかえり」と言って癒してやる。
さらには「おやすみ」の挨拶もできるなんて最高だろ。




