試行錯誤2
「フェスタ先生、ここに置かれるのならせっかくなので、こうして飾られては――」
「やめてくれ。――い、いや、とにかくこれは仕舞っておくから。ありがとうな、ファッジン君。感謝するならこれ以上関わらないでくれるだけでいいんだが、それでも気持ちとして受け取るよ」
別に賄賂ではないけれど、やっぱり生徒が先生に贈り物をするのはよくなかったかしら。
これからは気をつけないとダメね。
お部屋に飾ってくださってもいいけれど、仕舞われるのならそれも仕方ないわ。
だって差し上げたからにはもうフェスタ先生の持ち物だもの。
先生は思い出を大切に仕舞っておきたいタイプなのね。
「これは、ファラーラ嬢がフェスタ先生に贈られたのか?」
「はい。先生にはいつもお世話になっておりますので、感謝の気持ちをお伝えしたくて。ええ、本当にただそれだけです。別に課題を少なくしてほしいとか、テストを簡単にしてほしいなんて思ってはおりません。単位さえくださればそれでいいのです」
「……ファッジン君、私は賄賂は受け取らないぞ」
「え!?」
大失敗。
リベリオ様にわかってほしくて説明していたら、つい本音まで語ってしまったわ。
だけど感謝の気持ちは本当なんだから。
「先生、課題が少ないほうがいいとか、テストが簡単なほうがいいなどは、学生なら誰でも思うことでしょう? それより、本題に戻りましょう」
「……そうだな」
天使が……天使がここにいるわ!
殿下のにっこり笑顔ガードのおかげで、先生が何も言えなくなるなんて。
本当に殿下は強力な盾ね。
「それでは話を戻しましょう。プローディ殿、これがファラーラが特別に作らせた箒です。素材はヒタニレの木を使用しているので、魔力を高めてくれるには十分でしょう」
「ヒタニレで……なぜ箒なのですか?」
「え?」
「ん?」
「確かに」
「まあ、普通にそう思うよな」
リベリオ様の素朴な疑問に、殿下とお兄様は「そういえば……」といったお顔をされて、フェスタ先生は当然のように頷かれているわ。
みんな箒で空を飛ぶことに驚いてはいたけれど、なぜ箒で空を飛ぶのかは考えていらっしゃらなかったみたい。
うん。本当にどうして箒なのかしらね。
「その、箒に跨って飛ぶそうだよ」
「跨る? 馬でも初めはなかなか制御できないのに? 万が一、宙に浮くことができるとしても小船などのほうがよくないか? そのほうがヒタニレの使用量も多いだろう?」
なんという正論。
魔法で空を飛ぶなら〝箒〟か〝絨毯〟という固定概念を覆すなんて。
あ、でもリベリオ様たちに固定概念はなかったわね。
船なら安定感も違うし、いっそのこと……いえ、ダメだわ。
だって私、船酔いするもの。
「だ、だけどほら、小船なんて持ち歩きできないよね? 箒なら軽いし簡単だよ」
「だとして王太子のお前が箒を持ち歩くのか?」
「それは……」
懸命に箒を庇ってくださる殿下は本当にお優しいわ。
それに比べてリベリオ様はやっぱり意地悪。
あの告白も私をからかってやろうという悪魔の所業に間違いないわ。
「それならもっと安定感があって持ち運びしやすいものを考えればいいかもしれませんね。小船ではなく……風の抵抗なども考えて、こう、こんな感じのヒタニレ素材の板などどうでしょう?」
そう言ってお兄様が手で示された形は、蝶子の世界で見た海にいた人たちみたい。
確かサーフィンって言うのよね。
その板はサーフボードで、海に入らない人は丘サーファーとか呼ばれていたはず。
ということは、もし本当にその板で空を飛べるようになった場合は空サーファー?
待って。雪の上を滑る人たちは確かスノーボーダーと呼ばれていたわ。
だとすれば、スカイボーダーのほうがかっこよくていい感じ。
「そうですね。水が入ってくる心配はないわけですから、ただの平らな板でもいけそうですね」
「まずは浮くことに集中して、次に風の抵抗などを計算して板の形状を考えるといいでしょう」
殿下が箒を持ち歩くのも違和感がすごいけれど、板を持ち歩くのも目立つわね。
小船は想像するまでもないわ。
だけどみんながあれこれ案を出してくれていて、これぞ部活って感じがするわ。
蝶子は帰宅部だったから、物語の中でしか知らないけれど。
「いや、殿下もプローディ君も色々と考えているところ悪いが、本気で空を飛べると思っているのかい? プローディ君が言っていたように、あまりに荒唐無稽だろう?」
「私も初めはそう思いましたが、考えると楽しくなってきましたよ。試してみる価値はあるかもしれませんね」
「プローディ君……まさか君まで毒されるとは……」
せっかくみんなで盛り上がっていたのに水を差すなんてフェスタ先生は酷いわ。
リベリオ様は毒されたのではなく、中二病なんだからもうすでに毒は回っていたのよ。
それにしても相変わらずフェスタ先生は夢がないわね。
「先生は『魔法ラブ』の顧問として、もっと自覚を持たれるべきです」
「まず顧問ではないからな。よって自覚は必要ないな」
「フェスタ先生、引き受けられないのですか? 魔法は理論と実践の繰り返しだと教えてくださったのは先生ではないですか」
「そうだぞ、ブルーノ。可能性がゼロでない限り諦める必要はないとよく言っていたじゃないか。試行錯誤に無駄なんて一つもないともな」
「チェーリオ、お前……」
裏切り者を見るようにチェーリオお兄様に視線を向けられた先生のお顔はほんの少し赤かった。
恥ずかしいんですね、先生。
「わかります、先生。今のお言葉はちょっと青臭いですものね」
「おい」
「ですが、それぞ青春! 『少年よ、大志を抱け』と、かの有名な……誰かは言いました」
「有名じゃないのかよ」
「先生たち大人は、私たち若人を教え導き背中を押してくださる存在でいてほしいんです!」
「今、私が崖っぷちまでぐいぐい押されているがな」
「というわけで、どうぞまずは先生がお手本に試してみてください」
「結局、そうなるよな」
さあ、どうぞ。とばかりに箒を示せば、先生は大きくため息を吐かれた。
だけど大丈夫。今なら(先生が)飛べる気がするわ。
「な? 何かの間違いだと思って、旅に出た理由がわかるだろ?」
「そうかな? それなら間違いだったんだよ」
「……そうだな。悪かった」
殿下とリベリオ様が何か話されていて、すごく気になるわ。
旅の話? ミーラ様がきっと喜んでくださるのに。
だけどここは先生の説得に集中しなければ。
あと一押しで、先生は飛ぶんだから。たぶん。




