箒3
「うん、なかなか面白い冗談だね」
「え? 本気ですが?」
「え?」
「え?」
「え?」
「……」
殿下が楽しそうに笑っておっしゃったけれど、冗談なんて言っていないのに。
だけど殿下とお兄様が驚くから、私まで驚いてしまったわ。
フェスタ先生は何て言うか、無だわ。
こうなったら、みんなに実物を見せるしかないわね。
私が立ち上がると、三人とも礼儀正しく立ち上がってくださった。
でも退席するわけではないんです。
先ほどのうちわが置かれていた場所にはもう一つ。
この特注の箒も置かれていたのよね。
布に包まれたそれを持ってテーブルまで戻ると、三人とも「まさか」ってお顔をされたわ。
そのまさかです。
ふふふ。きっとみんな驚くわ。
ジェネジオでさえキラキラうちわよりも驚いていた特注品だもの。
包み布を開くと、みんなは「やっぱり」ってお顔で落胆されたようだった。
ええ? どうしてわくわくしないのかしら?
こんなにピカピカの箒なのに。
「本当に……箒なんだな」
「もちろんです」
「その……これにどうやって乗る……というか、飛ぶの?」
「跨るのです、殿下」
「跨る!?」
「乗馬の要領ですわ。たぶん」
「ファッジン君、これは箒であって馬ではないんだぞ? そもそも馬は空を飛ばない」
「先生、教えてくださらなくても、これが箒であることは私もよくわかっております。ですが、これはただの箒ではないのです」
空を飛ぶ馬も蝶子の世界では想像上でいることはこの際黙っておきましょう。
こちらの世界では魔獣はいても、神獣はいないのよねえ。
存在すれば便利なのに。
でもひょっとして、魔獣を上手く操ることができれば便利かも。
それはベルトロお兄様に頑張ってもらいましょう。
「そういえば、空を飛ぶ魔獣も辺境の地にはいるようですね」
「ああ、空から攻撃を仕掛けてくるから厄介だとベルトロ兄さんが言っていたな。幸い縄張り意識が強く、あまり巣からは離れないそうだが」
「しかしそれは鳥と同じだ。その個体の特徴として飛べるだけであって、人間という個体は飛べない」
「ですが、飛べない人間はただの人間なんです!」
「その通りだ、ファラーラ」
「ああ。間違いなく君は正しい」
「だけどファラーラは飛べると思うんだよね? この箒のことと合わせてちゃんと話してくれるかな?」
「殿下……」
殿下は私の盾になるだけではなく、理解しようとまでしてくださるなんて。
きっとお若いから大人なお二人と違って柔軟なのね。
最初から無理と決めつけるなんて、大人の悪い癖だわ。
「実はこの箒はジェネジオに特別に作らせたもので、杖と同じ……(ナントカって木の)素材で作られております」
「ヒタニレの木で!? それはすごいね!」
「とんでもない無駄遣いだな。お金も素材も」
大人はすぐにお金に換算するんだから。
殿下がいらっしゃらなかったら私のわくわく感も萎んでしまうところだったわ。
フェスタ先生からの言葉の盾になってくださるだけではなく、心の盾にもなってくれるのは嬉しい誤算ね。
でもそうだわ。
殿下は確かもうすぐ十四歳。
突然旅に出られたリベリオ様とは違うベクトルで中二病なのかも。
蝶子の弟も中学生の頃はプラモデル作りにはまっていて、未だに部屋に飾っているものね。
いつかベルトロお兄様が魔獣を手懐けることができたら、木彫りの魔獣でもジェネジオに大量生産させてファッジン公爵領の特産品にするのもいいかも。
「ファラーラ。それで、この箒でどうやって空を飛ぶことができるんだい?」
「おい、チェーリオ。本気かよ」
ついついまた違う不労所得への考えに頭が占められそうになっていたら、お兄様が前向きな質問をしてくださった。
やっぱりチェーリオお兄様も私の味方だわ。
フェスタ先生はお兄様へ信じられないものでも見るような視線を向けられているけれど。
本気に決まっているじゃない。
お兄様は私の我が儘をいつも叶えてくださるんだから。
今回も間違いなく大丈夫。自信をもって答えられるわ。
「お兄様。それはもちろん、みんなでこれから頑張るのです」




