陣中見舞い2
「ファラーラ! 会いたかったよ~! こうしてわざわざ会いにきてくれるなんて、やっぱり私のことを心配してくれているんだね?」
「もちろんですわ、お兄様。チェーリオお兄様は私のお金の成る木――ではなかった、私を将来にわたって支えてくださる大切な方ですもの。お元気そうで安心しました。あとで研究成果を見せてくださいね」
フェスタ先生の別邸に到着して馬車から降りた途端、チェーリオお兄様に抱きしめられそうになって一歩後退。
どうやら身ぎれいにされていると判断して、その腕の中に飛び込んだ。
「……チェーリオ殿、お久しぶりです。相変わらずお元気そうですね」
「殿下もお変わりないようで……。ファラーラをここまで連れてきてくださったことにだけは感謝いたします。それでは、ごきげんよう」
「お兄様! たとえ居候でも、きちんと殿下をお迎えしてください。失礼です!」
お兄様は後から降りていらっしゃった殿下にきちんとした挨拶もせずにさっさと背中を向けてしまった。
そんな態度は無礼ですよ、お兄様。
殿下は大切な私の盾なのですから。
「居候させているって自覚はあったんだな」
そこにようやくこのお屋敷の主人であるフェスタ先生がいらっしゃったけれど、私への言葉はそれだけ?
挨拶でもないんですけど。
それなのに、先生は殿下には礼儀正しく頭を下げられた。
「王太子殿下、ようこそおいでくださいました。本日はお越しくださり、誠に感謝しております。大歓迎です。本当に。私も気を抜くことなくおりますので、お帰りになるまでの間どうかお付き合ください。お願いいたします」
「ありがとうございます、フェスタ先生。今日は楽しみにしていたんですよ」
殿下はにっこりご挨拶を返されたけれど、フェスタ先生のご挨拶おかしくありませんでした?
嫌だ、怖い。何が待ち受けているのかしら。
お兄様の研究に問題があるとかではないわよね?
解毒薬の開発過程でうっかり人食い花を育ててしまったとか、キメラが誕生したとか?
とりあえずいつでも逃げ出せる準備はしておきましょう。
そう警戒しながら居間に入っても特に変わった様子はなさそうだった。
人面犬が飛びついてきたり、猫又もいないわ。
「――あ、そうそう。フェスタ先生、いつも兄がお世話になってばかりなので本日は心ばかりではありますが、お礼の品をお持ちいたしました」
みんなで腰を下ろしてひと息ついたところで、従僕に運ばせていた贈り物が目についた。
あんな隅に置かれては忘れてしまうじゃない。
フェスタ先生のお屋敷の使用人はちょっと配慮が足りないわね。
やっぱり女主人がいないからかしら。
「実はあれが気にはなってはいたんだが、やはりそうか。君の気持ちだけで胸やけがするから気にしないで、どうぞファッジン君の心ごと持ち帰ってくれ」
「フェスタ先生、その言い方は酷くないですか? ファラーラの心遣いを突き返すようではないですか」
「そうだぞ、ブルーノ。ファラーラが何かを人に贈るなどめったにないことなんだからな。ありがたく受け取れ」
殿下だけでなくお兄様まで援護してくださるんだから、あとで箒もお願いしやすいわ。
だけどその前に賄賂――ではなかった、お礼の品をお渡しておかないとね。
「こちらはジェネジオに特別に作らせたものですの。ですから世界に一つだけなんですよ」
「……ありがとう」
明らかにしぶしぶ受け取った先生は、まるで爆弾でも持っているかのように揺らさずそっとテーブルの上に置いた。
壊れ物ではないから大丈夫なのに。
「ブルーノ、開けてみろよ。ファラーラからのプレゼントだぞ。何か見せてくれ」
「ご遠慮などなさらずどうぞ」
お兄様のお言葉に続いて私もにっこり促せば、先生は胡散臭そうに私を見た。
ちょっとあまりに失礼だと思うわ。
いったい私が何をしたというのかしら。
先生はテーブルから品を持ち上げることなく、リボンをほどいた。
お兄様だけでなく殿下もご興味があるらしく、身を乗り出して箱が開かれるのを待っていらっしゃる。
中身は知っているけれど、私もちょっと楽しみになってきたわ。
プレゼントの箱を開けるときって、こんなにわくわくするものなのね。
それに贈る側もこんなにわくわくするんだわ。
先生が喜んでくださるといいのだけれど。
以前どころか今までの私は贈り物を頂いても当然とばかりに喜んだりなんてしなかった。
だけど先日の先生のように、突き返すことだけはしなかったわよ。
フェスタ先生は箱を開け、内側の包み布をそっと左右に開いた。
そして広がるのは沈黙。無反応。
ちゃんとした説明が必要かしら?
「こちらの肖像画はジェネジオに頼んで、当時のお二人を知っている画家に描かせたものなんです。学院に通ったものの、魔法の才能より絵の才能のほうがあったそうですわ」
「……そうか」
「そして裏面は今現在のお二人のお姿なんですよ。その画家は一度見たものは忘れないという才能もあるらしくて、最近のお二人をたまたまお見かけした程度らしいのですが、そっくりに描いてくれております。羨ましい才能ですわ」
「……あいつか」
「クレト・ピシャだな」
「ご存じだったんですね」
有名な画家なのかしら。私は知らなかったけれど。
ところでフェスタ先生もお兄様も、殿下までもが固まっているみたいだわ。
「お気に召しませんでしたか? フェスタ先生とチェーリオお兄様のご友情の証にと、学生時代のお二人と今現在のお二人のお姿をキラキラうちわにいたしましたのに」
生徒会のキラキラうちわは教師生活の思い出に必要なくても、学生時代の思い出は素敵だと思ったのですけれど。
やっぱり女性と男性では考え方も違うのかしら。
私はエルダたち四人でのうちわが出来上がるのを楽しみにしているのにね。




