陣中見舞い1
「ありがとう、ファラーラ。今日は誘ってくれて」
「いいえ、こちらこそお付き合いくださり、ありがとうございます。エヴィ殿下」
フェスタ先生の別邸へ向かう馬車の中で、殿下がお礼をおっしゃったから私もお返し。
今日はフェスタ先生からの盾になってもらうつもりなので、そんな眩しい笑顔を向けられると罪悪感で胸がドキドキします、殿下。
フェスタ先生への貢ぎ物――ではなかった、感謝の贈り物は用意したし大丈夫よね?
箒もちょっと値が張ったけど無事に間に合ってよかったわ。
ジェネジオに使用用途を訊かれたときには返答に困ったけれど、深くは追及されなくてよかった。
そこがやり手の商売人よね。
ただかなり不審がられたけれど。
「そういえば、来週末の放課後にはクラス会とかいうパーティーを食堂でするんだって?」
「ええ、そうなんです。企画や学園側との交渉も委員長を中心としたみんなで行ったんですよ。私ももっと何かお力になりたかったのですが、いざとなると何もできませんでした」
結局、発案したのは私だけれど、フェスタ先生のアドバイスで委員長たちが学園、食堂、生徒会とそれぞれ交渉して、自己負担をすごく軽くできるようにしたそうなのよね。
生徒会はもちろん学園も一クラスだけを優遇するわけにはいかないから、新しい制度を作って……なんてして時間がかかってしまったみたい。
話を聞いていたら面倒くさくて、さっさとお金を出してしまいたかったけれど頑張って我慢したわ。
だって委員長やエルダたちはとても楽しそうで、水を差すのも悪いかなって思ったのよね。
とりあえず報告してくれることは笑顔で聞き流しておいたわ。
たぶん私にできることは口を挟まないことだから。
「そうかな。僕はファラーラは重要な役目を果たしていると思うよ」
「私がですか? ただ案を出しただけですよ」
「それが重要なんだよ」
「そう、なんですかね……。前回は女生徒限定のパーティーで、その話題になったときに男子生徒の視線が気になって……。だから参加したかったのかなと思ったんです。それならクラスでパーティーを開けばきっと楽しめると、でも会場の問題でエルダが我が家やミーラ様のお屋敷では申し訳ないと言い出して、みんなが気を遣わないでいられる場所をと考えて、食堂なら大丈夫なのではと……」
そこまで言って、私ばかりしゃべりすぎていることに気付いた。
さすがアルバーノお兄様の妹だわ。
以前も自分のことばかり話してしまっていたのよね。
「えっと……しゃべりすぎました。すみません」
「謝る必要なんてないよ。ファラーラが楽しそうに話しているのを聞いているだけで僕も楽しいんだから。まあ、その男子生徒のことは気になるけどね」
「男子生徒ですか? 恥ずかしながら名前は存じ上げないのですが――」
「いや、うん。名前は別にいいよ。うん」
確か有爵家の出身ではないとミーラ様が言っていたような気がするけれど、委員長としかわからないわ。
殿下に訊ねられるとも思っていなかったから。
「私……今まで男子生徒は特に存在を気にしたことはなかったのですが、せっかく同じクラスになったのですから、やはりそれぐらいは知っておくべきですよね。今度のクラス会で頑張ってみます」
「いや、頑張る必要はないよ。まったく」
「まったく? 全然?」
「うん。全然」
名前を覚えるのが苦手な私は助かるけれど、それではダメな気がするのよね。
以前の私は男子どころか女子の名前も覚えてなくて、「そこの地味な男子」とか「制服の貧乏人」って呼んでいたのよ。
だけど前回のイチゴパーティーのときに、お名前で呼ぶとみんな喜んでいたわ。
一般の子だって、エルダ以外にも覚えている人がいるのよ。
マミさんとか、フネさんとか、アミさんとか、フナさんとかね。
あら、でも思い浮かべてもみんな似たようなお顔をしているわ。顔も覚えられるようにならないと。
「殿下は……同じクラスの人たちのお名前を覚えていらっしゃいますか?」
「うん、そうだね。今は人数も少ないからね」
「……女生徒も?」
「あ、うん。去年も同じクラスだった子が多いから」
「そうなんですね」
どうしてかしら。何だかモヤモヤするわ。
あ、わかったわ!
サラ・トルヴィーニがいるからね。
「そういえば先日、久しぶりにトルヴィーニ先輩にお会いしましたが、お元気そうで安心しました。長くお休みされていましたものね?」
「ああ……うん。……大したことはないみたいでよかったよ」
あら? 何となく歯切れが悪いけれど、ひょっとして殿下は私に遠慮していらっしゃる?
これはすごい進歩ではないかしら。
やっぱり〝狡い大人を知ってもらう作戦〟がうまくいっているってことね。
ということは、王太子殿下(圧倒的地位)+優等生(教師への好感度大)+ちょっとした狡さ(反抗期)の合わせ技できっと若手教師のフェスタ先生は己の無力さを痛感するはず。
よし。これで心置きなく、フェスタ先生に箒を託せるわ。




