課題
って、しまったわ!
フェスタ先生が悪夢に関わっていないらしいことで安心して、肝心の話をせずに帰ってきてしまったじゃない!
まさかあれはフェスタ先生の巧妙な話題逸らしかも。
さては先生は恋愛関係に疎いのね。
だから恋人に振られるのよ。
フェスタ先生に恋愛相談できないとなると、誰にすればいいのかしら。
お母様には恥ずかしいというより、お父様に絶対伝わるでしょうし、お兄様たちは論外。
エルダたちには夢を崩してしまいそうだし、シアラは……なぜか私のことについては全てポジティブにとらえてしまうからダメね。
だからといって、ジェネジオはシアラを意識させることさえできないヘタレだものねえ。
何てこと。
周囲にまともな恋愛をしている人がいないわ。
いえ、よく考えて。
私はまだ十二歳なんだから、そんなにいなくても不思議ではないのよ。
ただ大人が頼りにならないだけで。
そもそも私が求めているのはアドバイスではなくて、このモヤモヤした気持ちが恋かどうかってことなのよ。
要するに両想い経験は必要ないと思うわ。
片想いとか失恋とかしたことがある人に訊くのが一番よね。
やっぱりフェスタ先生?
でもねえ、フェスタ先生はいつも話が逸れるから。
きっちり結果を出してくるのはジェネジオだけど、ヘタレの問題以前に重要な情報を無料提供するようなものよね。
それならいっそのこと相談してお金を徴収するとか?
逆相談料として。
ジェネジオならきっと絶対に口外しないでしょうけど、知っているってだけで価値を生み出すはずだもの。
うーん。
悩みながら馬車から降りたら玄関までアルバーノお兄様が迎えに出てくださっていた。
ええっと、何かお兄様に用事があったような気がするけど思い出せないわ。
まあ、大切なことならそのうち思い出せるでしょう。
「お帰り、私の天使。遅かったじゃないか。心配したぞ」
「ただいま戻りました、お兄様。護衛が伝言を送ったと思いますが」
「ただ『遅くなる』だけでは伝言とは言えないぞ。待つ者の身になって考えてみなさい。女友達と話が弾んでしまったなどならまだいい。ファラーラは人気者だろうからな。しかし、ファラーラによからぬ思いを抱く男子生徒が友達のふりをして近づいてこないとも限らない。または教師がファラーラともっと一緒に過ごしたいがために不必要な補習をさせようとするかもしれない。それに――」
「お兄様は今日一日何をして過ごされたのですか? 久しぶりの休日でしたのでしょう? お疲れが少しでも取れたのならよいのですが……」
「やはりファラーラは天使だな。お前だって学業で疲れているだろうに私の心配までしてくれるなんて。今日はファラーラが私の心配をしてくれた記念日としよう。今日の私は課題作りにうっかり一日を費やしてしまったよ。殿下にお出しする課題が思いのほか手間取ってしまってな。難問もいいが、サービス問題も入れてメリハリをつけたほうがよいかと――」
「お兄様は殿下の家庭教師をなさっていましたか?」
アルバーノお兄様は文官として王宮勤めだった気がするけれど、殿下の家庭教師ではなかったはず(もしそうだったら私の自慢が増えるもの)。
それともトラバッス王国で得た新しい知識か何かをお教えするのかしら。
「ああ、それはもちろん花婿修行だよ」
「花婿修行……」
「まずはファラーラのことをちゃんと理解されているか確かめさせていただかないとダメだからな。好きな食べ物はもちろん、嫌いな食べ物や苦手なものなどたくさんあるだろう? 今回は初級編として、三日前にお伝えしたばかりのことから出題させていただいたよ。それに――」
「あ、課題といえば私も課題がたくさんありまして、これで失礼いたします。お兄様、私のためにありがとうございます!」
お兄様の長いお話を聞かないためには逃げ出すのが一番。
殿下はお気の毒だと思うけれど、これで逃げ出してくれたら幸いよね。
まさかの婚約解消ができるかも。
いえ、でも……まあ、いいわ。
ここは心を鬼にして殿下にはお兄様に付き合っていただきましょう。
「ファラーラ、お帰りなさい」
「ただいま戻りました、お母様。お疲れのようですが大丈夫ですか?」
「ええ、まあ……。お父様にお願いして、明日からアルバーノには出仕するよう手配していただいているから。あの子も仕事になればあなたのことを少しは忘れるでしょうからね。やっぱり考える暇を与えず仕事漬けにしておくのが一番だわ」
「そ、それはよかったです」
お父様より先にアルバーノお兄様が過労で倒れられないか心配だけど、我が家の平和には替えられないものね。
アルバーノお兄様の同僚の皆様の尊い犠牲は無駄にはしないわ。
その隙に私は自由を満喫しないとね。




