うちわ2
「――というわけで、フェスタ先生には大変お世話になったので、こちらをお贈りいたしますね」
「いらん」
「どうしてですか? いえ、そもそも不必要なものでも、ひとまず贈り物は受け取るのが礼儀ではないですか?」
「そもそも不必要なものを他人に贈り物と称して押し付けるなよ。それが礼儀だろ」
「ですがこちらは試作品ですので、希少価値がありますよ?」
「価値というものは人それぞれだ。そして私にそれは無価値だよ」
「今をときめく生徒会の方たちのキラキラうちわなのに?」
「今だろうが、いつだろうが、私はまったくときめかないからな」
フェスタ先生には色々とお世話になっているのでお礼にキラキラうちわを差し上げようと思ったのに断られてしまったわ。
これは試作品だから印はあっても誓約書はないし、譲渡可能なのに。
「そうですか……。それは残念ですね。私のうちわを差し上げてもよかったのですが、それでは微妙な噂が再燃するかと思って遠慮したのですけど」
「それはますますもってときめかない、というより迷惑かつ嫌がらせでしかないな」
「ですから、生徒会の皆様のうちわでしたら、先生の教師生活の思い出になるかと思いましたのに」
「まるで私の教師生活が今にも終わるような言い方だが、このままだと私の人生が終わる」
「え? 先生、退職なさるんですか?」
それは困るわ。私の先導者として導いてくださるべきなのに。
ここは引き止めないと。
「フェスタ先生にはたくさんのことを教わっておりますのに、お辞めになったりしないでくださいね。私がエルダとお友達になれたのも先生がきっかけを作ってくださったからです。それにたくさんの相談にのってくださったり、お世話になってばかりで……我が家でも先生の話題が出ることが多いんですよ。あ、そうそう。それで兄のアルバーノが近々ご挨拶に参りたいと申しておりました。その折にはご面倒をおかけいたしますがよろしくお願いいたします」
「……頼むから、アルバーノ殿に伝えてくれ。お気持ちだけで十分です、と。今日、帰宅したら、すぐに、絶対だぞ」
「わかりました。先生の貴重なお時間を兄のために浪費させてしまうのは申し訳ないですものね。ところで先生にご相談があるのですが――」
「待て待て待て。君は今の発言と矛盾していることに気がついているか?」
「どこがですか?」
アルバーノお兄様の長口上は無駄ですけど、私の相談は大切なことなのに。
首を傾げる私を見て、フェスタ先生は呆れたように大きなため息を吐かれた。
先生、最近ため息の回数が多いですけど、お疲れのようですね。
このままだと幸せが逃げますよ。
「わかった。では、簡潔にその厄介事を話してみなさい」
「厄介事ではなくご相談ですが、厄介事と言えばそうかもしれません」
「はい、終了」
「まだ何も言っておりません!」
「君が厄介事と認めた時点で大惨事だ。私の手には負えん!」
「ですが、先生には振られたとはいえ恋人がいたではないですか! 少ない経験もないよりはマシです!」
「誰が少ないと言った!?」
「では経験豊富なんですね? それなら好都合です!」
「待て待て待て。その言い方は誤解を招く。ちょっと冷静になろう」
「わかりました」
フェスタ先生はまた大きなため息を吐かれてもっともなことをおっしゃった。
そうですね。今の先生はちょっと大人げなかったですものね。
「それでは一応訊くが、何があった?」
「実は私……殿下のことを好きかもしれないんです」
「そうか、よかったな。では明日は小テストだからな。頑張れよ」
「先生、これは大事件なんですよ? そんなあっさり流さないでください」
まったく、大人はこれだから。
子供の言うことだからとかで、全然真剣に聞いてくれないのよね。
せっかく意を決して相談しようとしているのに。
それなのにこっちが願ってもいないことでは、上から目線で余計なアドバイスをしてくるのよ。
「あのなあ、今朝のことも聞いたぞ。二人して何だ、その……お互いのキラキラうちわとやらを持って〝愛を確かめ合っていた〟んだろう? 聞いたときには鳥肌が立ったぞ」
「それは誤解です。私たちはただの婚約者で好意はあっても愛があるわけではありません」
「何言ってんだ。君が強く望んで殿下との婚約が成立したんだろうが。愛とまではいかなくても、好きだから望んだんだろ?」
「いいえ、特にこれといっては。ただ王太子殿下の婚約者としての地位は私にふさわしいと思ったので、お父様にお願いしたんです」
「……何様だよ」
「ファラーラ様ですけど?」
あ、しまった。
打ち明けついでに本音が出てしまったわ。
フェスタ先生は一瞬驚いた顔になったけれど、次いで盛大に噴き出した。
それから大声で笑うから、さすがに防音魔法も効かないのか、護衛たちや他の先生がびっくりしているんですけど。
とりあえず異常はありませんよ、と微笑んでおきましょう。
「……先生、そろそろ笑いを収めてくださいませんか?」
「ああ、すまんすまん。安心のあまり笑ってしまったよ。いやあ、よかったよかった」
安心して大笑いすることなんてあるのかしら。
そもそも何を心配していたの?
「何をどう安心されたのですか?」
「ファッジン君のことだよ。最近耳にする君の話はあまりに聖人すぎて、別人か何かではないかと疑っていたんだが、やっぱりファラーラ様だよなあ……」
「……別人か何か?」
「ああ。幻惑魔法のことは聞いただろう? 私も扱えるが、まだまだ謎なことが多いからな。ひょっとして君が操られでもしているのかと心配していたんだ。それで鎌をかけたというか、何か反応があるかと思って教えることにしたんだがな。今の発言で間違いなく君はファラーラ嬢だとわかったよ。実に懐かしいセリフを聞いたな」
「……それはよかったです」
ええ、本当に。
過去に一度しかお会いしたことがないはずなのに、なぜ今の言葉で私が私だと確信を持たれたのか疑問ですけどね。
まあ、いいわ。
これで先生があの悪夢に関わってはいないってことがわかったもの。
もちろんすべてを信用するわけではないけどね。
私、慎重な性格ですから。




