約束4
……ので、気がつけば……を考えてしまいますからね。ファラーラのために働いて……と心を強く保っておかなければ仕事が手につかなくなります。そのように私たちを困らせるファラーラですが、それでも私たちの大切な宝なのです。殿下はご聡明なうえに、とてもお優しい方でいらっしゃいますので政略とはいえこの婚約――のちの結婚について憂う必要はないとわかっております。ですがどうしても心配せずにはおられないのが兄心というもの。ですからどうか、ファラーラのことを大切にしてくださるとお約束いただけないでしょうか?」
「アルバーノ殿やファッジン公爵家の皆さまがファラーラ嬢をいかに大切に見守っていらっしゃったのか、よくわかりました。私、エヴェラルド・ブラマーニはまだまだ若輩者ではありますが、ファラーラ嬢を大切にし、幸せにすることを約束いたします」
「ありがとうございます、殿下。これで安心してファラーラとの婚約を心より祝福することができます。よかったな、ファラーラ。――ファラーラ?」
「ッンが!?」
何? 今、何が起きたの?
あ、私が起きたのね。
首がガクってなって、ぼんやりしていた頭が一気にはっきりしたわ。
「そうか、そうか。そんなにしっかり頷くほどに嬉しいのか。ファラーラは殿下との婚約でずいぶん変わったと聞いたが、本当のようだな。いつも私の話を最後まで黙って聞いていたこともなかったのに、今日は静かに聞けたものな。偉いぞ」
「あ、ありがとうございます」
私は何に返事をしてしまったのかしら。
あまりにもお兄様の話が長すぎて途中で意識が飛んでいたわ。
声は聞こえているのに理解できなかったというか、頭の中を素通りしていったのよ。
「それでファラーラ、お二人はどのようなお話をされていたんだ?」
「そ、それはもちろん、学園での出来事ですわ! それよりもお兄様はお疲れでしょう? やはりゆっくりお部屋で休まれるべきです! 絶対に! 今すぐ! ゴー!」
「いや、しかしいくら婚約しているとはいえ、二人きりというのは――」
「お兄様、私はともかく殿下をお疑いになるのですか? それは紳士である殿下への侮辱です!」
「……アルバーノ殿のご心配はごもっともではありますが、どうか私を信用してくださいませんか?」
「それは当然でございますとも。ただどんな聖人でも魔が差すことはあるでしょう。神は時に人を試すこともあるのですから」
それ、神様ではなくて悪魔ではないですか、お兄様。
「わかります」
わからないでください、殿下。
「ですが、私は先ほどの約束を破るつもりはありません。そのことをはっきり誓います。ですからどうか、この時間を二人で過ごすことをお許しくださいませんか?」
「そうでした。私は自分からお約束をお願いしておきながら、殿下のお心を疑うなどと恐ろしい間違いを犯してしまいました。甚だ申し訳なく、この償いをいかにさせていただければ――」
「アルバーノ殿、どうかお気になさらないでください。お互いファラーラ嬢を想う気持ちは変わらないのですから」
「エヴェラルド殿下……。そのような寛大なお言葉を頂戴できるとは……誠にありがたき幸せでございます!」
この茶番、いつ終わるんですか?
殿下もお兄様にお付き合いくださるなんて、ノリがよすぎます。……ノリですよね?
ちゃんと上手い具合に遮り方も習得されているもの。
この短時間ですごいです、殿下。
ようやくお兄様が出ていってくださって、ほっと一息。
どころか、どっと疲れが押し寄せてきたわ。
だけど今は殿下へのフォローよ。
殿下もかなりお疲れに見えるわ。
殿下は四角四面で真面目な方だから、お兄様のお話を最初から最後までちゃんとお聞きになってしまったのね。
アルバーノお兄様は四角四面どころか直角垂直角角のカクカクシカジカで次元が違うのよ。
「エヴィ殿下、その……大丈夫ですか?」
「う、うん。てっきりアルバーノ殿には反対されるかと思っていたけれど、祝福してくれて安心したよ。次はベルトロ殿とチェーリオ殿にも認められるように頑張らないとね」
「い、いえ、殿下は頑張らなくてもよろしいかと……」
ほっとしたような殿下の笑顔は眩しくて、思わずうちわを手に取り振りたかったけれど、心を鬼にして我慢したわ。
だって私、居眠りしかけてぼうっとしている間に、お兄様からの祝福を受けて婚約をさらに確実にしてしまったみたいなんだもの。
それなのに殿下、そんなお顔をしないでください。
否定したかったわけではないのです。
「……あの、今でもエヴィ殿下は十分にご立派ですわ。殿下は学園の生徒たちのことを想い、この国のことを想い、王太子殿下としての重圧もおありでしょうに日々努力をされておりますもの。それは学園の皆様はもちろん、王宮の皆様方もきっと気付いております。ですから学園の皆様は殿下を応援したいとキラキラうちわを購入されたのですわ」
「……ありがとう、ファラーラ。僕は……僕もファラーラがいてくれたから変わることができたんだよ。本当の僕は優しくなんてない、ただ決まったことに逆らうこともできなくて、不平不満を口にする勇気もない臆病者でしかなかったんだ。そのくせ自分の意見をはっきり言うファラーラのことを我が儘だと決めつけて、ちょっと馬鹿にしていたんだ。ひどい卑怯者だよ」
「そんなことはありませんわ」
だって事実ですから。
今も本当は自分が一番大好きです。
だけど自分以外に大切だと思えるものができたわ。
「エヴィ殿下のおっしゃるとおり、以前の私は自分のことばかりで他の人を思いやることなんてできませんでしたもの。それがあの……婚約を機会に自分を見つめ直し、心を改めることにしたのです。ですから私が変わることができたのも殿下のおかげですね」
って、あら?
何だかいい話風にまとめてしまったけれど、これってまずくない?
そもそも今日の目的をもう一度思い出すのよ。
はい、婚約解消です。
それが気がつけば、絆を深めてしまったような……。
うーん。
でも今日は疲れてもう面倒くさいし、またでいいかも。
そのうちまた婚約解消の機会もあるはずよ。
放っておいたら五年後には婚約破棄されるかもしれないし、そのときに備えていればいいのよ。
もしそうならなくても、結婚式までは一年あるはずだから、何とかなるわ。
それよりもキラキラうちわを休み明けから使えるのね。
どれだけの生徒が使うかしら。
それもまた楽しみ。
あとはアルバーノお兄様にバレないように女子会をしないとね。




