約束1
あの日は結局、休み時間になったらエルダたちが飛んできて、心配してくれるから早退することになったのよね。
体は元気いっぱい、心も夢いっぱいだったけれど、私のことでみんなが授業に集中できなかったら申し訳ないもの。
にやにやが止まらないらしいフェスタ先生と、力不足を嘆く治癒師の先生に見送られて私は退場。
屋敷に戻るとお母様がお出かけを中止して待っていてくださった。
みんなに心配かけて申し訳ないわ。
こんなに私は愛されているなんて、当然だけど嬉しい。
そしていよいよ、運命の日。
ここで歴史の一ページが変わるのよ。
エヴェラルド王太子殿下は公爵令嬢ファラーラ・ファッジンと話し合いの末、婚約解消をしました。
めでたし、めでたし。
婚約を解消したら、まずは女子会よね。
エルダとミーラ様とレジーナ様で……何をすればいいのかしら。
そうだわ。
フェスタ先生もおっしゃっていたじゃない。
何をして遊ぶか友達同士で話し合えばいいんだって。
ということは、まず我が家にみんなを招待してお茶とお菓子を楽しみながら、どんな女子会をするか決めればいいのよ。
だけど本当に何もおもてなしをしなくてもいいのかしら。
念のために楽団くらいは呼んでおきましょうか。
それとも曲芸師のほうがいいかしら?
やっぱり両方呼んでおきましょう。
「――ファラーラ、とても楽しそうだね?」
「はい、お父様。これからのことを考えると楽しみで仕方ないんです」
「……そうか。少し寂しいが、私もいい加減に子離れしないといけないな」
「あら、お父様はいつまでも私のお父様ですもの。そのようなことをお気になさる必要はございませんわ。ですが、お父様の一番大切な女性はお母様でしょう? ですから私はお母様の次に大切にしてくださいね」
「まあ、ファラーラったら……」
朝から急にしんみりなさるなんて、お父様はどうされたのかしら?
ひょっとしてお疲れなのかも。
またそんな脂っこいものを朝から召し上がっているなんて。
一度食生活を見直してもらったほうがいい気がするわ。
そういうことって誰に相談すればいいのかしら。
やっぱりチェーリオお兄様かしらね。
フェスタ先生にお兄様の状況を伺ってからにしないと、下手に会いにいっても鬱陶し……お邪魔しても悪いものね。
女子会の計画も立てないといけないし、チェーリオお兄様がサボって……しっかり研究をなさっているか確認しないといけないし、忙しいわ。
あ、でも殿下と婚約を解消したら、そこまで命を狙われることはなくなるでしょうから、解毒薬の開発は後回しでもいいかしら。
解毒薬は市販する予定もないしね。
ファッジン公爵家の秘薬としておかないと、意味がないもの。
「やっぱりファラーラも恋をすると変わるのね?」
「……恋?」
思いがけないお母様の言葉に私の思考は停止。
あれこれ考えているうちに、何かお二人の会話を聞き逃していたかしら。
「ええ。ここ最近、急に大人びてきて驚いていたけれど、私たちのことまで思いやってくれるようになるなんて……。ファラーラがしっかりしてくれると、あの子たちの奇行もしっかり抑えてくれるから安心だわ」
「……あの子たち?」
「ええ。ベルトロは赴任地にさっさと戻したし、チェーリオは人と接する機会が少なくなったでしょう?」
どうやらお母様は私が殿下に恋をしていると思っていらっしゃるようね。
私は恋が芽生えたのではなく、友情が芽生えたのですけれど、この際それは置いておきましょう。
にこにこされているお母様のお話の行き着く先が嫌な予感しかしません。
「ファラーラ、もうすぐアルバーノが戻ってくるんだ」
「……いつですか?」
「三日前に国境の宿から風便りが届いたから……まさか今日か?」
「大丈夫ですわ、あなた。今日は殿下がご訪問くださることがわかっておりましたもの。動ける者は皆、全力でアルバーノを引き留めるようにと家の者に通達しておりますから。一日くらいは引き延ばせるでしょう」
お母様、公爵家に仕えている者たちを戦地へと送り出すなんて無情です。
国境から三日で戻られるだけでも異常なのに。
たしか早馬で五日はかかりますよね?
「それだけでは安心はできないぞ。殿下とファラーラの婚約を陛下と内密に決定してからアルバーノをトラバッス王国への使者に立て、あそこの宰相にできるだけアルバーノを引き留めてくださるようにとお願いしていたが、もう戻ってくるんだからな」
「ま、まあ、いくらアルバーノでも殿下には……ねえ?」
お母様、同意を求められてもお答えできません。
トラバッス王国の宰相様とお父様が旧知の仲であることは存じておりますが(これも私の自慢の一つ)、あの国から戻ってくるには二か国跨がなければなりませんよね。
婚約発表からもうすぐ四か月。
私の平穏な日々もここまでだわ。
せっかく女子会を楽しもうと思っていたのに!




