秘密4
「フェスタ先生、本当のことを教えてください! 私のあの悪夢は……あれはすべて幻なんですか!?」
「ファッジン君……。いつからあれが夢だと錯覚していた?」
「……え?」
「相変わらず馬鹿だな、君は。あれは悪夢などではない。今、この時が幻なんだよ。君は殿下に婚約破棄されたことによって狂ってしまった。そして幽閉された君を気の毒に思ったチェーリオに頼まれて、私は君に幸せな夢を見させてあげていたんだ。だが、気付いてしまったからには仕方ない。君は夢から覚めて現実を見なければならない」
「そんなの酷いわ!」
フェスタ先生のことは意地悪だとは思いつつ、信じていたのに!
勢いよく立ち上がったせいか、くらりとめまいがして机に手をついた私の耳に、フェスタ先生の冷ややかな声が聞こえる。
「――酷いのは君だよ、ファッジン君。今は授業中で、私は居眠りしている君に起きてほしかっただけなんだがね」
「……居眠り?」
「机に突っ伏して、うなされるほどの夢を見ていながら起きていたというのなら、それは白昼夢だ。どちらにしろ、授業に集中してくれ」
めまいのせいでぼやけた視界がはっきりしてくると、ここが教室で、一人立ち上がっている私をみんなが見ていた。
これはファラーラ・ファッジン、絶体絶命のピンチ。
このままではキラキラうちわの返品が相次ぎ、売り上げ急降下。
まずいわ。
とにかくいかなる場合も返品は受け付けません。としなければ。
ではなくて、どうにかこの場を切り抜けなければ。
一瞬の間にあれこれ考えを巡らせていると、エルダが手を挙げて立ち上がった。
そして私を支えるように腕を回してくる。
「先生、きっとファラは体調が悪いんです。遅刻してきたほどですし、救護室で休ませてあげてください」
「……それもそうだな。では、モンタルド君。付き添ってやってくれるか? ファッジン君も救護室でたっぷり眠れば気分もよくなるだろう」
「はい、わかりました」
エルダはやっぱり私を救うために神様が遣わせてくださった天使だわ。
それに比べてフェスタ先生は悪魔よ。
優しく気遣いに溢れたエルダと違って、フェスタ先生は嫌みまで付け加えるなんて。
ええ、そうです。
居眠りした原因はただの寝不足です。
昨日、お父様を待っていて遅くまで頑張って起きていたから。
寝落ちしたけれど。
「先生、エルダさんだけではファラーラ様を支えるのは大変かと思いますので、私も付き添っていいでしょうか?」
「私も念のためにご一緒させてください」
「わかった、わかった。三人で付き添いなさい」
先生は面倒くさそうに手を振って私たちに出ていくように指示を出された。
そんな追い払うようにするなんて失礼だわ。
私は調子が悪いのに。睡眠不足で。
そんな冷たい先生よりも、やっぱりお友達。
エルダだけでなく、ミーラ様とレジーナ様まで心配して付き添ってくださるなんて。
私はなんて幸せ者なの。
これがもし幻だとしても、私は絶対に三人のことを幻だなんて思わないわ。
先ほどの夢のように、もしフェスタ先生でもそれ以外の誰かでも、今の私に夢を見させていて何だというの?
これが私の現実なのよ。
他人がどう思おうと関係ないわ。
「ファラ、大丈夫? さっきよりは顔色がよくなったみたいだけど」
「ええ。ありがとう、エルダ。おかげさまで助かったわ(人気が)。ミーラ様もレジーナ様もありがとう。大切な授業なのに抜けさせてしまったわね」
「何をおっしゃるのですか! ファラーラ様の体調不良の一大事に呑気に授業など受けてはおられませんわ!」
「そうですわ、ファラーラ様。私たちのことはお気になさらないでください。今はご自分のことだけをお考えになって、しっかりお休みください」
「そうだよ、ファラ。救護室で休んでもよくならないようだったら、無理せず治癒してもらうか、お屋敷に帰るんだよ?」
「え、ええ……」
エルダたちは本気で私を心配してくれていて、胸は苦しく鼻が痛くなってくる。
もう無理。もう我慢できない。
エルダもミーラ様もレジーナ様も私を見てぎょっとしたのがわかった。
だけどもうこれ以上は耐えられないんだもの!
「ファラーラ様!?」
「ファラ、どうしたの!? どこか痛むの!?」
「呼吸が苦しいのですか!?」
「ち、違うの……。わ、私……エルダもミーラ様もレジーナ様も大好きなの!」
えーん!
声に出して泣いたのはたぶん数年ぶり。
涙を流したのも同じくらい久しぶり。
私の泣き声に驚いて目の前の救護室から治癒師の先生が飛びだしてきたけれど、治癒魔法では治せないわ。
エルダとミーラ様はおろおろしながらも「救護室はすぐそこよ」とか「先生がやってきてくれました」と私を励ましてくれて、レジーナ様は一緒に泣き出してしまって大混乱の大迷惑をかけてしまってる。
だけど涙を止められないの。
今この時の三人が幻だなんてやっぱり絶対にいや!
それなのに、どうしたらいいかまったくわからない自分が情けないの。




