秘密3
「お父様、幻惑魔法とは何ですか?」
「ああ、そうだね。ほとんどの人たちには知られていない魔法だからね」
ついノリで驚いたけれど、よくわからないからちゃんと訊かないと。
知らないことを知らないままにしておくのはよくないのよ。
私、知ったかぶりはしませんから!
(あとで苦労するので)
「幻惑魔法についてはまだまだわからないことが多いのだが、簡単な例を挙げれば他人を操れる魔法だよ」
「他人を操る? ど、どうやってですか?」
「そこには存在しないもの――幻を見せたり、強力な力を持つ者は感情を他人に流し込んだりすることもできるらしい。そして暗示をかけるんだ」
「暗示をかける……」
それって、あの悪夢も暗示だったのでは……。
蝶子の夢も誰かの幻惑魔法で見せられているとか?
いえ、それだとおかしいわ。
この世界にはあり得ないもの――車やスマホなんてものを見せることができるわけがないもの。たぶん。
「そんな力がフェスタ先生にはあるんですね……」
「フェスタ、というのも偽名なんだ。彼は――幻惑魔法を使うことができる者は国によって保護されている。だからブルーノ君は教師という立場で学園に在籍し、学園長の保護下に置かれているんだ」
「え? フェスタ先生は今も保護されているんですか?」
「かなり稀少で危険な魔法だからね。気をつけなければ何者かに利用されかねない」
そんな恐ろしい魔法があるなんて。
フェスタ先生は好きに生きているように見えていたけれど、絶滅危惧種みたいに保護されているなんて大変だわ。
「私……まったく知りませんでした」
「このことは機密事項であるからね。とはいえ、幻惑魔法はこの国の者にしか扱えないわけではない。基本的には各国の上層部にしか知らされていないが、秘密というものはいつかは漏れるものだ。すでに情報屋などは知っているだろうね」
そう言われれば、ジェネジオは知っているような気がするわ。
これはただの勘だけど、彼ほどの人物が知らないわけがないものね。
それに他人を操る力なんて一般の人たちが知ればパニックになるかもしれない。
だってお兄様たちの強力な魔法を目にする機会がある私でも、すごく恐ろしいもの。
「……あの、幻惑魔法を使える人はみんな保護されているんですか? 知らない間に使えるようになっている人もいるのでは……」
「今のところ、幻惑魔法を扱えるのはとある家系の者だけとされている。だがすべての血縁者を把握することは難しいうえに、血縁者以外の者から力を持つ者が現れないとも限らない。そのため、ブルーノ君が生徒たちの中で幻惑魔法を使える素質のある者を見極めているんだ」
フェスタ先生はのほほんと毎日を過ごしていらっしゃると思ったのに、大変な任務まで背負っていらっしゃったなんて。
だけど、幻惑魔法を使える素質なんてどうやって見極めるのかしら。
それに幻惑魔法を使えるなら、恋人に振られることもなかったんじゃ……。
いえ、それは倫理に反するものね。
あら? ではひょっとして……。
「お父様、もしかして幻惑魔法を使うときには何か許可がいるのですか?」
「よくわかったね。さすがファラーラだな」
いいえ、ちょっと考えればわかります。
お父様はここで親馬鹿を発揮しないでください。
お母様も同意して嬉しそうに頷かないでください。
何となくいたたまれないです。
「その、昨日お兄様がフェスタ先生に攻撃魔法を放ったことがまったく学園内で噂になっていなかったんです。いくら始業前だったとはいえ、大きな音がしたのに不思議だったのですが、そういえばお兄様がフェスタ先生に後始末をしておくようにとおっしゃっていたことを思い出しました。そのとき先生が『許可は?』とお訊ねになって、お兄様が『俺が許す』とおっしゃっていましたから、そのように思ったんです」
「ああ、なるほど。ふむ。そういうことか」
どういうことですか?
私の名推理に抜けていることがあるとでも?
「あなた、どういうことですの?」
「いや、ベルトロがなぜ無責任にも学園内で攻撃魔法を放ったのかと不思議だったが、潜在能力者を調べるためでもあったんだろう。私怨のほうが大きいだろうが」
「潜在能力者?」
「ああ。先ほども言った通り、ブルーノ君は幻惑魔法を使える素質のある者を見極めることもしている。幻惑魔法の能力がある者に、幻惑魔法は効かないんだよ。だからベルトロはわざと大きな音を出して騒ぎを起こしたんだろう。新入生も入ったところだからね。ということにしておこう」
お父様、先ほどから最後に本音が漏れています。
それはともかく、お兄様は許可を出せる権限をお持ちなんですね。
すごいってことなのかしら。
「……幻惑魔法を使ってもいいと許可を出せる方は多いのですか?」
「いや、ごくわずかだよ」
「それでは、ベルトロお兄様はそれだけ特別ということなのでしょうか?」
「ああ、それは……なあ……」
「そうねえ……」
「あー、うん。もちろん、ベルトロは魔法騎士としてこの国で一二を争う実力者ではあるのだが……」
何かしら。
お父様の雰囲気が急に真剣なものから脱力したように変わったわ。
しかもお母様まで。
まるでベルトロお兄様との関係を訊ねたときのフェスタ先生のようだわ。
「ベルトロにはなぜか幻惑魔法がまったく効かないんだ」
「効かない、ということはベルトロお兄様にも幻惑魔法の能力があるということですか?」
「それがまったくない。驚くほどない。何度も試し、調べたが、本当にないんだ」
「あの当時はちょっとした問題になりましたものねえ。幻惑魔法に対する一種の法則が崩れたも同然でしたから。結局は特例ということに落ち着きましたけれど」
「ああ、そうだったな……」
なぜかしら。
私の頭の中に〝馬鹿は風邪をひかない〟って言葉がぐるぐるしているわ。
それならどうして私もお兄様たちの痴話ゲンカを覚えているのかしら。
そうだわ。
きっとフェスタ先生は私には魔法をかけていないのよ。
色々とお兄様に持っていかれそうになってしまったけれど、このお話で重要なことは幻惑魔法という魔法の存在について。
これはあの悪夢の謎について重要なカギとなるかもしれないんだから。
まさか今この時が幻惑だとは思いたくない。
名探偵、ファラーラ・ファッジン。
必ずこの謎を解いてみせるわ!




