放課後2
大人って狡いわ。
ええ、知っていたわよ。
フェスタ先生が狡い大人だって。
あれだけもったいぶって、結局教えてくれないとか酷くないかしら?
まあ、実際はいざってときにジェネジオの使いの者がやってきたんだけれどね。
そろそろ時間だって。
おのれ、ジェネジオ・テノンめ!
今日はシアラと会わせてあげないわ!
なんて、ぷりぷりしながら屋敷に戻ると、ジェネジオはすでに待っていた。
しかもシアラと談笑しているじゃない!
だけどまあ、私が部屋に入るとシアラは嬉しそうに顔を輝かせて、ジェネジオが一瞬がっかりしていたものね。
めったに感情を表に出さないジェネジオの珍しい表情を見ることができただけよしとするわ。
シアラは喜びの後すぐに玄関まで迎えに出ることができなかったことをしきりに謝ってきて落ち込んでいたんだけど。
どうやらお母様がジェネジオの相手をさせるために私の帰宅を知らせなかったみたい。
ただ普段は知らせられなくても私が乗った馬車の音を聞きつけて玄関に待機しているらしいのよね。
それが気付かなかったということは、ジェネジオに気を取られていたってこと。
ということは、そういうことなのではないかと思うのだけれど、ジェネジオに言うつもりはないわ。
だって面倒くさいもの。
そんなことよりも、うちわの売上よ!
「――それで、どうだったの?」
「はい。それが実は……」
何、何なの?
ジェネジオまでもったいぶるの?
ここでも〝待て〟なの?
先ほどは私の駄犬ぶりを発揮してしまったけれど、今度こそ! ……って、ちょっと待って。
そもそもどうして私が待たなければいけないのかしら。
そうよ。私は待つ必要なんてないのよ。
「――いいから、早く教えなさいよ。うちわの注文はどれだけあったの?」
「注文総数は357枚。注文者人数は143人です」
すごいわ!
私の予想では100枚くらいだったのに。
注文者数は女生徒の人数を上回っているわ。
確かに男子生徒が何人もいたものね。
単純計算で一人2枚以上も購入したことになるなんて。
特待生のことを考えて価格設定を少し低くしたのが勝因かしら。
ふふふ。
今はまだ物珍しさもあっての売り上げかもしれないけれど、じきに定着するわ。
そうすれば安定的な不労収入が得られることになるのよ。
では次に……。
ごくりと唾を飲み込んで、こほんと一つ咳払い。
ちらりと視線を向けると、にやにやしているジェネジオと目が合ってしまった。
何てこと!
わざとなのね? わざともったいぶっているんだわ!
ベルトロお兄様とフェスタ先生の秘密の関係を教えてもらえるところを邪魔しただけでも許されざる行為なのに!
まあ、ジェネジオは知らなかったのだけれど。
あら、それでは悪いのはジェネジオではなくてフェスタ先生ということかしら。
詳しく知りたければお父様に訊ねればいい、だなんて。
そんなの知りたいに決まっているじゃない!
とにかく狡い大人に対抗するためには、余裕ある大人の女性になればいいのよ。
そんなの簡単。
私、失敗しませんから。
「…………それで、個別の注文数はどうだったの?」
「……注文数が……一番多かったのは、お嬢様の112枚です」
「まあ、私が?」
なぜ笑いを堪えているのかしら……って、しまったわ!
ジェネジオは私に演技の才能がないと言い切ったのよ。
驚いたふりは通じなかったみたい。
「続いて、王太子殿下が97枚、生徒会長と続きますが……詳細をお望みでしょうか?」
「――いいえ、いいわ」
「私どもといたしましては、今回これほど〝キラキラうちわ〟が売れるとは思ってもおりませんでした。注文票も放課後までに急きょ追加で作成したほどです。お嬢様の洞察力と発想力、そのほかまあ色々と……尊敬せずにはおられません。どうぞこれからもよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
ふふん。だから言ったじゃない。
辞去の挨拶をするジェネジオを見上げながらにっこり笑う。
ジェネジオには苛立つこともあるけれど、きちんと対応してくれるのだから少しくらいは我慢してあげてもいいわ。
この私に我慢させるなんて、栄誉あることなんですからね。
さてと。
もう一人、私に我慢をさせる不届きもののフェスタ先生の謎――ベルトロお兄様との秘密の関係をお父様に訊ねないとね。
お父様のご帰宅はまだかしら。
いつも遅いけれど、今日は起きて待っていないと。




