放課後1
ミーラ様とレジーナ様のご厚意にエルダと甘えることにして、放課後に注文用紙を持っていく二人を見送って別れる。
二人の気遣いはとっても嬉しいけれど、本当にこのままでいいのかしら。
だけど悩んでいたって仕方ないし、お家に帰ってジェネジオからの報告を待ちましょう。
今日一日でどれだけ注文があるかしら。
マージンだけでなく、私の肖像画でのロイヤリティを考えると前向きになれるわ。
むふふ。
そろそろ乳液の治験も終わって、次はシアラが試用することになるようだし、私の不労所得計画は順調だわ。
問題は殿下との婚約解消計画。
ベルトロお兄様にお願いすればすぐにでもどうにかできそうだけれど、私の希望は穏便に解消したいのよね。
だからといってチェーリオお兄様の研究のお邪魔はできないし、お父様には気苦労をかけたくない。
ということは、アルバーノお兄様……は面倒くさいから頼りたくないわ。
そういえばベルトロお兄様はちゃんと赴任地に戻られたかしら。
お兄様のことは大好きだけれど、ちょっと暑苦しいものね。
以前の私には取り巻きはいても友達はいなかったから、お兄様たちと過ごす時間は大好きだったわ。
でも友達ができて私の世界は広がって、お兄様がちょっとうざ…面倒くさいと思うようになってしまったみたい。
だって、お友達と一緒にいるほうが楽しいんだもの。
そうよ。
それなのにエルダたちと四人で遊んだことがないわ。
いつもお休みの日は何かと邪魔が――用事があったりして、きちんと四人では集まれていないのよ。
だけどお友達と遊ぶって、何をするの?
ミニティーパーティー?
悪くはないとは思うけど、エルダに余計な気を遣わせてしまわないかしら。
お人形遊びをするにはもう私たち子供じゃないわよね。
一人かシアラとしかしたことなかったから、ちょっとだけ憧れるのは内緒。
うーん。
そうだわ。こういうときには頼れる大人に訊けばいいのよ。
ジェネジオが報告にくるまで、まだまだ時間はあるものね。
「――というわけで、何をすればいいのですか?」
「ファッジン君。一つはっきり言っておくが、私は男だ」
「存じ上げております」
「それなら女子生徒が友達同士で何をして遊ぶかなど、わかるわけがないだろう。私が女性と遊ぶのならともかく」
「フェスタ先生、それは生徒の前で口にすることではありません。最低です」
いくらお兄様とあのような会話をされていても、女性と遊ぶとかそういう発言は控えてほしいわ。
それなのにフェスタ先生は困った子を前にしたように大きなため息を吐かれた。
「なら、聞くなよ……。他にも質問する相手はいるだろう? 公爵夫人やそれこそ友達本人に何をして遊びたいか訊けばいいじゃないか」
「え……」
「なぜそこで驚く?」
「だって……何をして遊ぶかなんて、エルダたち本人に訊いてもいいのですか? それは失礼ではないでしょうか?」
「待て待て待て。どうして失礼なことになるんだ?」
「こちらからお誘いしておきながら、何もプランを用意していないなど失礼ではないですか。ですがお母様にお訊ねしても何ていうか、その……エルダも気疲れしないで楽しめる遊びがいいんです」
「あのな。友達と遊ぶというのは、もてなしとは違うんだ。確かに公爵夫人が提案する遊びではモンタルド君は気を遣うかもしれない。だけど友達と一緒なら何をしたって楽しいものだし、そもそも集まってから何をして遊ぶか決めてもいいんだぞ?」
「そんな計画性のないことが許されるのですか?」
「友達だからいいんだよ」
まさかそんなことが許されるなんて……。
友達と遊ぶなんて、難易度が高すぎではないかしら。
「それでは、ミニティーパーティーの気分になった場合に備えて準備させておいて、音楽が聴きたくなるかもしれませんから楽団を用意して、観劇したくなった場合に……それならもう劇場を貸し切っていたほうがいいでしょうか? ある程度の演目を用意させておいて――」
「いやいやいや、そうじゃない。マジで違う。ほんと、話し合え。モンタルド君とストラキオ君とタレンギ君か? 四人で何をして遊ぶかを話し合うのもまた楽しいものなんだよ」
「そういうものですか……」
今まで友達と遊んだ経験がないからよくわからないわ。
学生時代の蝶子はいつも自分が何をするか決めていたし、社会人になってからは女友達とは……あ、涙が。
「それでは、フェスタ先生はお友達と――チェーリオお兄様とどんな遊びをされていたのですか?」
「私か? 私はほら、まあ、あれだ」
「どれです?」
「男だからな。その……遠乗りしたり、釣りをしたりしたな」
「つり……って何ですか?」
「そこからかよ」
知らないことを知ろうとすることは素晴らしいことだって、家庭教師の先生はおっしゃっていたのに。
どうしてそこでまたため息を吐くのかしら。
知らないことといえば、ベルトロお兄様とはどういった関係なのかしら。
「フェスタ先生はチェーリオお兄様とはお友達で、ベルトロお兄様とはどういったご関係なのですか? ずいぶん親しそうでしたが」
「親しくはない。けどまあ、あれはなあ……」
はっきり言いきりましたね、先生。
ベルトロお兄様と親しくはないのなら、あのやり取りはいったい何だったのかしら。
気になるけれど、急かしてはダメよ。
私は〝待て〟ができるいい子なんだから。
忠犬なのよ。ワンワン。
「……まさか、お二人は私には言えない関係なんですか!?」
「ファッジン君……」
「はい」
「……いや、何でもない」
「ええ……」
言いかけたのなら最後まで言ってほしいわ。
それとも〝待て〟ができなかった罰なの?
私は駄犬でした。うぬぼれていました。
しょんぼりしていたら、フェスタ先生がため息ではなく咳払いをして再び話し始めた。
顔を上げて先生を見ると、ちょっと悩んでいらっしゃるみたい。
そんなに言いにくいことなのかしら。
「まあ……そうだな。君はファッジン公爵家の人間だし、王太子殿下の婚約者でもある。色々と問題も多く、面倒で生意気で残念な生徒ではあるが、秘密をぺらぺら話すような子ではないことだけは間違いないと言える」
フェスタ先生、その前置きのどこをどう突っ込んだらいいのかわかりません。
いいえ、それよりも大切なお話なんですね。
大丈夫です。最後のお言葉だけは私も約束できます。
さあ、どうぞ。
ベルトロお兄様とフェスタ先生の秘密の関係を確と伺いますとも!




