休み時間2
知らない振り。他人の振り。
ふりふりキラキラうちわのことは私も知らないのよ。
肖像画の販売の許可はしたけれど、まさかあんな形になるなんてと驚くのよ。
どきどきそわそわしながら、エルダたちと食堂へ向かう。
一番に食堂内の騒がしさに気付いたのは、さすがのミーラ様。
もちろん私はもっと前から女生徒の黄色い声が聞こえていたけれどね。
「何かしら? 食堂のほうがずいぶん騒がしいようですけど……ちょっと先に行って見てきますね!」
「え? ミーラ様?」
好奇心旺盛なミーラ様は私たちの歩調では我慢できなかったのか、小走りで食堂へと向かっていってしまった。
よしよし、いい感じだわ。
それから私たちが食堂に入る前に、ミーラ様が興奮した様子で戻ってくる。
さあ、ファラーラ。あなたは女優よ。
「ファラーラ様、大変です!」
「まあ、どうしたの? ミーラしゃま?」
しまった。噛んだわ。
だけど興奮したミーラ様に気を取られてみんな気付いていないみたい。よかった。
「それが、食堂内のラウンジスペースの一角で、ファラーラ様や殿下、生徒会の皆様の肖像画販売がされているんです!」
「んまあ! なんて素敵! いえ、なんて無礼な!」
「そう思うでしょう? それが『公認』となっていて……ファラーラ様は許可をされたのですか!?」
「え、ええ」
ミーラ様の説明に、レジーナ様が怒りの声を上げた。
だけど、レジーナ様もまたちょっと興奮しているのがわかるわ。
レジーナ様は誰のファンなのかしら。
「実は生徒会の皆様の人気に目をつけたテノン商会が、表立って好意を示せない生徒たちのために開発したのが、特別な肖像画らしいの。お値段もお手頃で特待生の方でも購入できるらしいわ。私も許可を求められたときには驚いたのだけれど、売上の一部を慈善事業へ寄付するのだと聞いて、それならとお受けしたの」
ちょっとペラペラ話しすぎたかしら?
昨日からずっとシアラに隠れて練習していたんだけれど。
「まあ! さすがファラーラ様ですわ!」
「ええ、素晴らしいお心でいらっしゃいますね! 慈善事業にもうすでに貢献なさるなんて!」
「ただ、私でお役に立てるかどうか……。皆様、私のキラ…肖像画なんて持っても仕方ないでしょう?」
「まさか! 私は五枚購入いたしますわ!」
「え……」
「私は親せきに配るためにも十枚は必要ですもの!」
「あ、私は一枚、かな……」
待って、待って。
親せきに配るとかはダメだから。
ちらちら謙遜したのがよくなかったわ。
ミーラ様もレジーナ様も意気込みすぎていて、エルダには無理をさせてしまったみたいだもの。
「あの、無理して買っていただく必要はないのですよ。エルダも、ね? それに生徒会の皆様とか本当に欲しいキラ…肖像画を購入してくださいね」
「無理はしていないよ。私もファラの肖像画があると嬉しいもの」
「そうですわ! お部屋に一枚ファラーラ様の肖像画があれば、いつでもご一緒の気分になれるかもしれませんわ」
「ええ、寂しいときには話しかけたりなんて……!」
待って、待って。
話しかけるとかどういうこと?
お話があるなら今聞くわよ。
ミーラ様とレジーナ様の予想外の反応に戸惑ってしまったけれど、これはあれね。
悪ノリというやつね。たぶん。
それなら私だって三人のキラキラうちわがほしいわね。
そうだわ!
うちわが無理でも四人で肖像画を描いてもらうのはどうかしら。
そうすれば来年クラスが別れてしまっても寂しくないわよね。
思いがけず名案が浮かんで、上機嫌で食堂へと入る。
するとテノン商会が用意したブースに女生徒が殺到してキャッキャッと騒いでいるのが直接目に入った。
今はもうみんな制服ですぐには見分けがつかないけれど、出自に関係なく順番に注文用紙を受け取っているみたい。
あれだけの生徒がいるのに混乱もしていないし、さすがテノン商会ね。
一部男子がいるのは私のファンかしら?
それは困るわ~。私には殿下という婚約者が……あら、なぜ皆さん殿下の見本を示しているの?
指差しは失礼だからか、手のひらで示しているけれど。
まさかの殿下ファン? それも男子生徒だけでなく女子まで……。
ジェネジオの調査員ってば、予想が外れているじゃない。
「大変! 私もお食事の前に注文してきていいですか?」
「え、ええ。もちろんよ」
「では、私も!」
そう言ってミーラ様とレジーナ様は急いでブースへと向かっていった。
まだ注文はできないはずだけど、ここで私が訂正するわけにはいかないわ。
エルダは私と待ての姿勢。
「エルダはいいの? 売り切れたりはしないでしょうけど、気にならない?」
「どんなものかはここからでも見ることができるから。すごく変わった形をしているけど、面白いね」
「そ、そうね。手に持ちやすそうだわ」
「うん。私がほしいのはあの一番左にある肖像画」
「一番左……って、私の? 本当にいいのよ。無理しないで」
よく見えるように並べて壁に飾られている見本の一番左は私のキラキラうちわ。
その隣が殿下だわ。
それから少しスペースを空けて生徒会メンバーのうちわが会長を中心に飾られている。
「無理じゃないよ。表立って好意を示すことはもうできるけど、肖像画もすごく可愛いからほしいの。でも今は本物が隣にいるから後にするね」
にこって、エルダの笑顔。
く、苦しい……。
あなたは私のハートを撃ち抜いたわ。
やっぱり、うちわは生徒会メンバーだけなんて約束するんじゃなかった。
今、私は心の中で力いっぱいエルダのキラキラうちわを振ってるから!
心が息切れしているわ!
「お待たせしました!」
「注文は放課後だそうです。そのときにこの注文用紙に名前を書いて渡せば、二日後には引き渡ししていただけるようなんです!」
「ええ、楽しみですね!」
「よかったですわね。ミーラ様とレジーナ様はどなたのキラ…肖像画を注文されたの?」
頬を紅潮させて戻ってきたミーラ様とレジーナ様はとても楽しそう。
今まで聞いたことはなかったけれど、誰のファンなのかしら?
やっぱりスペトリーノ会長? それともリベリオ様かしら?
「それはもちろん、ファラーラ様のものですわ!」
「ええ! 肖像画はキラキラうちわというらしいのですが、学園外には持ち出せないようですので、部屋での保管用と学園用のために三枚注文いたします」
「……三枚?」
保管用って、どこかで聞いたことのある言葉だわ。
それにしても三枚ということは、貸し出しではないでしょうから装飾用ってことかしら?
「はい。私たちから一枚ずつ、エルダさんにプレゼントしようと思って」
「ええ。いつもエルダさんには課題を手伝ってもらったり、お世話になっているから」
「そんな! 申し訳ないです! お金は払います!」
「ダメよ。これは日頃のお礼なんだから。ねえ?」
「そうよ、エルダさん。だからちゃんと受け取ってね」
「……ミーラ様、レジーナ様、ありがとうございます」
にこにこしながらお互い頷き合うミーラ様とレジーナ様に、エルダは胸がいっぱいといった様子だわ。
まさかミーラ様とレジーナ様も私の心を撃ち抜いてくるなんて。
何なの、この三人。
ちょっと仲間に入れてほしい気がしないでもないけれど、でもいいの。
これが〝尊い〟ってことなのね。
表には出せないけれど、ジェネジオに特別うちわを注文しなければ。
もちろんそれは四人の肖像画で、四枚作るのよ。
あ、五枚ね。
一枚は私の保管用に必要だから。




