兄妹1
「――それでね、お兄様。エルダっていう特待生の子と仲良くなったの。そうしたらね、ミーラ様とレジーナ様とも以前よりとっても仲良くなれてね、学園生活がすごく楽しくなったのよ。お友達ってすごく素敵なの」
「そうか、それはよかったな。ファラーラに友達ができて私も嬉しいよ」
学園に初めて登校したとき、制服だったからかエルダに声をかけられて仲良くなった話を、お兄様はにこにこしながら聞いてくれた。
ベルトロお兄様は私の他愛ない話でもいつも楽しそうに聞いてくださるのよね。
それで私もいつも以上におしゃべりになってしまうのよ。
問題は、私がベルトロお兄様のお膝の上に座っていること。
今までずっと「私だけの場所だからね!」なんて我が儘を言っていたから、もう十二歳になったのにこのままのスタイル。
もう少し私が大きくなればお兄様も変わるかしら。
やっぱり牛乳を頑張って飲まないとダメね。
あら? でもそういえば、私が我が儘を言ったときはいつも「それでは、ここはファラーラだけの場所だな」って笑いながらおっしゃっていたわ。
ということは別の場所は別の人のものなのかしら。
「……ねえ、ベルトロお兄様」
「どうした、ファラーラ?」
「どうして男の人は浮気をするの?」
「…………殿下か?」
「はい?」
「殿下が浮気をなさったのか?」
「ち、違います! 友達が! 友達が二回も浮気されて、いえ、違うかな? とにかく、男の人は信用できないって!」
「……ファラーラの友達はまだ一年生だろう? そんな幼気な子を相手に、そんなことを言わせる男はどこのどいつなんだ?」
こ、怖い怖い! お兄様が怖い!
笑顔なのに。笑顔だけど。
目が笑っていないとかいうレベルではないわ!
全身全霊が笑っていないというか、怖気がするのはなぜ?
これが悪魔の副隊長って呼ばれる所以なの?
優しいお兄様、戻ってきてー!
「あの! 私もよく知らなくて、友達っていってもすごく遠いところに住んでいる大人の女性で、えっと……」
この質問をするとみんな殿下が浮気をしたと勘違いすることをうっかり忘れていたわ。
三歩ですぐに忘れるニワトリな自分が恨めしい。コケコッコー。
とにかく、どう説明すればいいの?
お兄様はまだ笑顔なのにどんどん圧が……空気が薄くなっている気がするわ。
息苦しいんですけど!
そもそもフェスタ先生がいけないのよ。
ベルトロお兄様に相談したらいいって、とんでもないことになったじゃない!
「ファラーラ……」
「は、はい?」
「友達の話というのはな、たいていは自分の話なんだ。要するに殿下だな?」
「へ?」
「殿下が私の可愛いファラーラと無理やり婚約などと血迷ったことをなさったかと思えば、浮気だと……? ははは」
「お、お兄様……?」
お兄様が壊れてしまったわ。
どうしよう?
色々間違っているけど、ここで下手に否定しても余計怪しくなるだけな気がする。
だからって上手くもできないわ。
「今日の殿下は視察などにお出かけになる予定はなかったはずだ。王宮で――内宮で過ごされているということは護衛は三人と遊撃人員が五人か……」
「お、お兄様? 殿下のご予定だけでなく護衛の人数までよくご存じですね……」
というより、人数を把握して何をするつもりですか?
本当に訊きたいことが怖くて訊けない。
「これでも私は近衛の端くれだからな。王族の方々の護衛については大体予想がつく」
「……ですがそれでは護衛の意味がないのではないでしょうか? 警護の動きが予想できるのなら、殿下方の御身の安全も危ういのでは?」
「ファラーラ……お前は何て賢いんだ! 話には聞いていたが、本当に天才だよ! お馬鹿なファラーラも可愛かったが、天才なファラーラも可愛いな!」
「おにぃっ!?」
いきなりぎゅっと抱きしめるのはやめてください!
苦しいし、危うく舌を噛むところでしたよ!
そもそも以前の私のことをお馬鹿だと思っていたんですね。
否定はできませんけど。
あと天才ではないですし、誰から話を聞いていたのか気になります。
お母様? お父様? 家庭教師? それとも使用人たちの間で噂になっているとか?
いえ、今は私のことよりも――。
「お兄様、殿下や陛下の御身は安全なんですよね?」
「ファラーラ、お前はそんなに殿下のことが心配なのか……」
いえ、そんなにというより普通に心配です。
婚約者かどうかは関係なく、それなりに親しくしている人のことは心配です。
陛下のことはもっと心配です。
ジェネジオから聞いた話によると、この国は陛下の御代になってからとても……みんな幸せになっているみたいですもの。
それに何より、お父様が失脚されては大変です。
「まあ、心配しなくても警護には覚えきれないほど幾通りものパターンがあり、その時間の隊長が決めるから予測は難しいんだ」
「ですが、お兄様は……」
「難しいとは言ったが、できないわけではない。それに護衛たちもこの国の騎士として最高位の実力者ばかりだ。並大抵なことでは打ち破れないさ」
「ですが……」
いえ、いくら何でも王妃様はもちろんサルトリオ公爵だって殿下のお命を狙うことまでするわけないわよね。
邪魔なのは私で……って、怖いんですけど!
「……お兄様は自信満々に見えます」
「それはもちろん、ファラーラのためなら悪魔にだって勝てる自信があるからな」
「お兄様……」
悪魔はお兄様の二つ名です。
色々誤解はあるけれど、私には頼もしいお兄様が三人もいらっしゃるんだもの。
心配なんていらないわよね。うん。
あら? それで問題は何だったかしら……?




