蝶子7
「――セキトウは結婚している……?」
って、何なの?
どうして夢の中で関藤さんの名前が出てくるの?
意味がわからなくて目が覚めた私は周囲を見回した。
もちろんここは私の部屋で、何も変わっていない。
久しぶりに見た夢に出てきた女の子は、以前より小さくなっていた。
いえ、違うわ。
昏睡状態から目覚めたときも見ていたはずよ。
思い出したわ。
どうしてあんな美少年と婚約解消しようとしているのか、理解できなかったのよ。
とにかく、こんな夢を見たのも咲良から連絡があったせいね。
話があるから二人きりで会いたいだなんて、馬鹿馬鹿しい。
まあ、いったいどんな言い訳をするのか気になるから会うけれど。
待ち合わせも人目が多い場所だし、スマホとは別に高性能のボイスレコーダーも持ったし、大丈夫。
午前十時の待ち合わせの時間に合わせて準備を始める。
それにしても、いくら夢でもあんな小さな女の子が紙に必死に『セキトウはクズ男』なんて書いている姿は不気味よね。
しかもその用紙を鏡に貼っているから、自分の姿が見えると同時に『蝶子 目を覚ましなさい!』だなんて言葉を見ることになるなんて。
本当に夢って面白いわよね。
おかげで目が覚めてしまったんだもの。
さて、そろそろ出かける時間ね。
駅前のコーヒーチェーン店なら自分で飲み物を頼めるし、作る過程も見ていられるから心配はいらない。
さすがに夢とは違って毒を入れられるなんてことはないでしょうけど念のためにね。
ただあそこってメニューが多すぎて、色々試したいのにいつも同じものを頼んでしまうのよ。
もっと初心者にもわかりやすくしてほしいわ。
お店に入るとすでに座っている咲良と目が合った。
だけど笑顔を見せることもなく無視してカウンターに向かう。
そして注文した飲み物を受け取って、咲良の目の前に座った。
「――呼び出すなんて、どういうつもり? 負けを認めて謝罪でもしてくれるのかしら?」
「蝶子さんって、ほんとチョロいわよね。偉そうに言いながらも、結局は呼び出しに応じているんだから」
「何ですって?」
「それ、飲んだらどうですか?」
どうして私が咲良に飲み物を勧められないといけないわけ?
何なの、この態度の大きさ。
まあ、飲むけれど。
少し落ち着かないとダメね。
「それで、弁護士を通さずにわざわざ何かしら?」
「面白い写真があるので、蝶子さんに見てもらいたくて」
「はあ?」
本当に何なの?
意味がわからないわ。
時間を無駄にしたと思っていたら、咲良はスマホをいじって画面を見せてきた。
何かと思えば私と関藤さんが食事をしている写真。
この間のフレンチのお店だわ。
それをこんな隠し撮りみたいにして気持ち悪い。
「咲良、あなたってストーカーみたいね。怖いわ」
「これは私の弁護士が送ってくれたものよ!」
「で? この写真が何だというの?」
「この写真の蝶子さんはずいぶん楽しそうよね? でも本当に見せたいのはこっちよ」
そう言って咲良は画面をスライドした。
すると画面に映し出されたのは関藤さんとお腹の大きな女性が手を繋いで歩く姿。
は? 意味がわからないんですけど。
「――それがどうしたの?」
「あなたの弁護士、結婚しているのよ?」
「だから?」
「蝶子さんは誠実さんの心変わりを責めたけれど、これはどうなの? 不倫のほうがもっと酷いわよね?」
「不倫って、馬鹿じゃないの? これはただ食事をしているだけじゃない。それもこれはあなたが申し立てをしたって聞いて打ち合わせをしていたのよ。何か問題があるの?」
あるに決まっているじゃない。大ありよ。
だけど咲良の前でうろたえるわけにはいかないわ。
今朝の夢で忠告を受けていたから、そこまでショックを受けなかったのはラッキーだったわね。
あれは予知夢か何かなのかしら。
深層心理で関藤さんが結婚していることに気付いていた?
指輪もしていないのに?
とにかく、許せないわ。
確かに付き合ってほしいとか具体的に言われたわけじゃない、ただこれからも会ってほしいと言われただけ。
それでも普通、大人ならこんなものだと思うでしょう?
まあ、そこまで本気じゃなかったからいいけど。
咲良は私の反応が予想外だったのか、目を丸くしているわ。
私が以前のような愁嘆場を見せるとでも?
絶対にありえない。
「まさか、たったこれだけのことで呼び出したんじゃないでしょうね?」
「こ、これだけって言っても、蝶子さんはこの人のこと好きなんでしょう?」
「好き? 何を勘違いしているのかしらないけれど、関藤さんはただの弁護士よ。馬鹿らしい。……それで、咲良はどうなの?」
「どうって……?」
「その子の父親との結婚は?」
「そ、そんなの関係ないでしょ!」
あらあら。
かなりお腹も目立ってきたのにまだ結婚しないのかしら。
だけど咲良の言うとおり、関係ないわね。
「じゃあ、それだけならもう行くわ。私はいっさい譲る気はないから、せいぜいその写真を撮った役立たずな弁護士と一緒に頑張ってね」
私はあのクズ弁護士に頑張らせるわ。
今さら弁護士を替えるわけにもいかないもの。
それにしても危ないところだったわ。
咲良の弁護士は少しでも慰謝料の減額をするために何か私の弱みを探っていたってことかしら。
卑怯というより、本当に気持ち悪い。
今回のことは咲良の勇み足で救われたわね。
それだけ咲良は焦っているのかしら。
お金に苦労しているわけではないでしょう?
すっかり黙り込んだ咲良を置いて、私は立ち上がって返却カウンターに向かった。
くだらない。ほんと、くだらない。
こんなことに私が振り回されるなんて。
咲良もクズ弁護士も、仕返しをしてやりたい。
そもそも咲良のお腹の子の父親は何をしているの?
ほんと、リアルの男ってくだらない。
今回のことにケリをつけたら、もう何も気にせず好きに生きるわ。
結婚なんてものにも夢なんてみない。
恋愛は夢の中で十分。
時々見るあの夢、あの女の子と王子様が上手くいったら楽しいわよね。




