後始末2
「おはようございます、王太子殿下。おはようございます、ファッジン様、昨日は楽しい時間をありがとうございました。お加減はいかがですか?」
「おはようございます、――先輩。こちらこそ、昨日はありがとうございました。ご心配をおかけして申し訳ございません。もうすっかり傷跡もなく治りましたのでご安心ください」
もうこれで何度目かしら。
殿下が隣にいらっしゃるから、お声をかけてくるのは上級貴族のお家の方ばかりだけれど、前に進ませてほしいわ。
だけどもし殿下がいらっしゃらなかったら、もっと多くの人が声をかけてきたのかと思うと、かなり大変だったわよね。
うん、殿下はちょっと便利。
ただね、やっぱり腕を組んで教室まで向かうのはおかしいと思うの。
しかも背後にはお互いの護衛騎士がいるからみんなが道を空けてくれて総回診状態。
そういえば、以前の私はこれが大好きだったのよね。
ミーラ様とレジーナ様、それに何人かを従えて皆が頭を下げる中、肩で風を切って歩いていたのよ。
そして気に入らない人が目につくと因縁つけて……って、おかしいわね。
言葉にするとなぜかとてつもなくダサいわ。
いやだ、私。以前はかなり粗野で低俗なことをしていたのね。
悪夢の中の自分を客観的に見てちょっとショックを受けていたら、野暮には見えない総回診が前から現れた。
これは派閥同士のぶつかり合い!
なんてことになるわけはなく、向こうからにこやかに挨拶をしてくださる。
「おはようございます、殿下。おはよう、ファッジン君。昨日は公爵家で盛大なパーティーを開いたそうだね。女生徒はみんな朝からその話題で楽しそうだよ」
「おはようございます、先輩方」
「おはようございます、スペトリーノ会長。皆様もおはようございます。昨日のパーティーは女生徒の皆様方が参加してくださったからこそ、楽しいものになったのです。本当に、この学園の皆様は素敵な方ばかりですわ」
一部を除いてね。
だけど挨拶に本音は禁物。
だから会長もサラのことには触れないのよね。
スペトリーノ会長は自分が褒められたように満足して頷かれると、道を空けてくださった。
これはもちろん殿下のため。
それが殿下と腕を組んでいる恥ずかしさをまた思い出させてくれたわ。
「そういえば、リベリオ様がいらっしゃいませんでしたね」
「……ファラーラはリベリオのことをよく気にするね?」
「そうですか? 単に生徒会の皆様の中にいらっしゃらなかったから不思議に思っただけですわ」
まさかの嫉妬?
それはやめてほしいわ。
だって、リベリオ様よ? あり得ないわ。
でもそれを口にするとまた面倒だから流しましょう。
そのせいか、ちょっと気まずい空気になってしまって居心地悪く感じた瞬間。
私のお口がぱっかーん、と開いてしまったのも仕方ないわよね。
一年の教室がある廊下へと曲がった途端、女生徒が――正確には特待生の女生徒が両側にずらりと並んでいたんだもの。
何なの、これ?
思わず足が止まりそうになった私と違って、殿下はかまわずに廊下の中央を進んだ。
方々から「おはようございます」の挨拶に笑顔で答えていらっしゃるのはさすがだわ。
私もどうにか(引きつった)笑顔であっちにこっちにと挨拶を返したけれど、ちょっと待って。
これって、新郎新婦が花道を進んでいるみたいじゃない?
え、すごく困るんですけど。
だけど今さら引くに引けない。
というより、ここで逃げ出すことは私のプライドが許さないわ。
ここはいったん、隣の殿下のことは忘れましょう。
そうしてほら、耳を澄ませば、みんな挨拶のあとに私へのお礼を言っているじゃない。
え、どうしよう。すごく気持ちいいわ。
もっと褒め称えていいのよ。
と思ったのも、教室前で待ち構えているフネさんを見るまで。
嫌な予感がするわ。
そしてきっとその予感は当たるのよ。
「王太子殿下、ファッジン様、おはようございます」
「おはよう」
「おはよう、……昨日はありがとう」
「そんな! お礼を言うべきなのは、私たちのほうです! 昨日はとても楽しい時間をありがとうございました! その感謝の気持ちを表したくて、みんなで手紙に書かせていただきました! 受け取っていただけますか!?」
「――もちろんよ。ありがとう、皆さん」
花道の先に待っていたのは、代表者挨拶。
これ、結婚式っていうより入学式みたいだわ。
蝶子の世界で何度か経験した入学式。
小学校ではピカピカの一年生が上級生に手を繋がれて花道を歩くのよ。
うぬぬぬ。ちびっこな自分が恨めしい。
上級生からの『学園は楽しいよメッセージ』を受け取っているみたいだけれど、断るわけにもいかないわ。
しかもメッセージならぬ手紙が重い!
かなり分厚いけれど、ここは笑うのよ。
「それでは殿下、送っていただき、ありがとうございました。皆様も本当にありがとうございます。どうぞ教室にお戻りになってください。もうすぐ始業の鐘が鳴りますわ」
「うん、それじゃあファラーラ。またね」
またっていつかしら?
今日の放課後は予定があるので無理ですからね。
できればひと月くらい後にお会いしましょう。
殿下は軽く手を振って花道の間を去っていらっしゃったけれど、その姿を見送っているとすごく悔しくなってきたわ。
ここにキラキラうちわがあれば、様になったのに。
ジェネジオ、早く!
そんな気持ちは隠して殿下が見えなくなると、未だに花道を作っているみなさんに軽くお辞儀をして教室に入る。
やれやれ、人気者はつらいわ。
ふふん。
「おはよう、ファラ。昨日はありがとう。初めての経験だったけどすごく楽しかったよ!」
「それはよかったわ」
「うん。それにしてもすごかったね、教室の前」
「ええ、驚いたわ」
「昨日、フミや先輩たちがファラにどうやってお礼を言おうか相談してたんだよ。みんなすごく楽しかったって、興奮してた」
「そうだったのね」
それはとてもよかったと思うけれど、あの結論が出る前に止めてほしかったわ。
だけどエルダはにこにこ笑顔でとっても喜んでくれているから、まあよしとしましょう。
それからはミーラ様とレジーナ様も加わって、鐘が鳴るまでどのお料理が一番美味しかったかなんて話で盛り上がったわ。
これぞ女子トークってやつよね。




