パーティー3
私はまだ十二歳の子供なのよ。
痛いものは痛い。
我慢なんてできるわけないじゃない。
「痛いっ!」
大げさに叫んでバラを放りだす。
予想通り、私の右手人差し指には赤い血がぷっくり膨らんでいた。
「まあ! ファラーラ様、血が!」
「ファラ、大丈夫!? ばい菌が入ったら大変よ! すぐに手当てしないと!」
「ファラーラ様が血を流されるなんて……」
ミーラ様とエルダ、レジーナ様がすぐに心配して駆けつけてくれる。
一番頼りになるのはやっぱりエルダで、レジーナ様は今にも倒れそうだけれど、あなたたちの友情はしっかり受け取ったわ。
そんな三人の間に割り込んだのは護衛騎士のテリオスで、魔法騎士でもある彼は何かを唱えて私の指に触れた。
「んまあ! トルヴィーニ様。あなた、棘のあるバラをファッジン様に差し上げたの!?」
「い、いえ……私は……」
ここぞとばかり大騒ぎしてくれたのはポレッティ先輩。
別の護衛騎士が落としたバラを布に包んで拾い上げる。
あ、そうか。もしかして棘に毒でも仕込んでいたら大変だものね。
って、ええ!? 毒!? 本気で怖いんですけど!
事の重大さに気付いた私は怖くなって気分が悪くなってきたわ。
これは意地の張り合いなんてレベルではないわよね。
だけどサラ・トルヴィーニもここまで大騒ぎになるとは思っていなかったみたい。
顔色は演技でなく真っ青で、自分のしてしまったことに震えているもの。
「……皆様、ご心配をおかけしてごめんなさい。私の怪我は大したものではありませんわ。ただ少しの時間だけ失礼いたします。ですがどうかそのままパーティーを楽しんでください」
どうにか平静を装ってざわつく招待客に声をかけると、誰かに呼ばれたらしいお母様が現れた。
そして私の言葉によくやったと言ってくださるように頷くと、あとを引き受けてくださる。
お母様、ありがとうございます。
ふがいない娘を許してください。
ファラーラはもう、笑いが止まりません。
まさかサラ・トルヴィーニ自ら墓穴を掘るとはね!
画びょうを仕込むまでもなかったわ!
と、笑っていられるのもテリオスが「毒はありません」と言ってくれたからだけど。
テリオスはいつもはお父様の護衛をしているのよね。
それがこうして隠れて私の護衛についていてくれたってことは、こういうこともお父様たちは予想していたってこと。
それって私が殿下の婚約者だから?
不特定多数の人を招き入れるから、今日は別邸からも使用人たちが応援に来ていて、あちらこちらに配置されているのは知っていたわ。
それでもまさか、こうして命を脅かされることは私にとって予想外。
これって、以前もあったことなのかしら?
思い出すのよ、私。
んー。ないわね。
たぶんだけれど、テリオスが私の傍にいたことなんてなかったと思うわ。
ひょっとして、私と殿下が最近(他人が見れば)仲がいいから?
え? やだ、迷惑。
ここにきて〝ファラーラ・ファッジンいい人作戦〟が仇になるとは。
それとも〝殿下に狡い大人を知ってもらう作戦〟がいけなかった?
とにかく、やっぱり殿下とは距離を置かないとダメね。
「ファラーラ様! ご無事ですか!?」
「……シアラ、大丈夫よ。ね? テリオス」
「はい。幸い毒は仕込まれておりませんでしたし、化膿しないように治癒魔法を施しましたので、すぐに完治するでしょう」
「ですが、ファラーラ様……」
「本当に大丈夫だから、気にしないで。というより、気にすること禁止。これはシアラの責任ではないし、ちょっとした事故だったんだから」
「なんてお優しいお言葉を……」
うん。本当のことだから、シアラはそこで感動しない。
今までの傲慢な私を知っているからか、つられてテリオスたちまで感動しているみたいじゃない。
だけどまあ、緊迫していた空気が和んだからよしとしましょう。
「それで、トルヴィーニ先輩は?」
「あの方はずうずうしくも気分が悪いと帰られました」
「そう……」
逃げたわね。
まあ、気分が悪かったのは本当でしょうけれど。
それよりも私のイチゴパーティーを台無しにしないためにも、会場に戻らないと。
「シアラ、戻るから一緒に行ってくれる?」
「今日はもう休まれたほうがよろしいのではないでしょうか?」
「心配はいらないわ。それよりも、せっかくご招待した皆様に元気な姿をお見せしないと。ね?」
「なんて……ご立派な……」
うん。主催者としては当然のことだから。
本来ならあそこで騒ぎ立てること自体、するべきではなかったのよ。
それがサラ・トルヴィーニの誤算でしょうね。
でもいい加減に理解してくれてもいいと思うわ。
やられたら、倍返し。
それがファラーラ・ファッジンよ。
おほほほ!




