第7章:キミを知りたい
【SIDE:井上翔太】
琴乃ちゃんと恋人関係になってから1週間ほどが過ぎていた。
初めての恋人、お互いに関係に慣れ始めてきた。
女の子と付き合い始めたことで俺の日常は劇的に変化した。
恋愛なんて漫画やドラマだけの話だと思うほどに縁がなかった。
人間、恋をすれば変わるものだ。
「……翔太、琴乃ちゃんとデートはしたの?」
それは土曜日の朝、何気ない母さんの一言から始まった。
夜勤明けで帰って来たばかりの彼女は眠そうな顔をして言う。
「な、何だよ、いきなり……」
「理沙がその辺、気にしているのよ。2人の進展具合、琴乃ちゃんがはっきり言ってくれないみたいだから、翔太に聞こうと思って。実際、どうなの?おふたりはどこまで行ったわけ?」
「そういうのは仲が良くなってからというか、タイミングってものが……」
簡単に言ってくれるがデートひとつ誘うのも緊張するっての。
琴乃ちゃんは別に何も言ってこないので、今は仲を深めるのを優先している。
相手の事を知り、恋を深めていきたいのだ。
「デートのひとつもできないの?」
「うるさいなぁ……だから、タイミングってのがあるだろう?」
「ヘタレ?我が息子ながら情けないわねぇ」
ヘタレ言うな、地味に傷つく。
母さんは「デートぐらい年上の翔太が誘えばいいじゃない」という。
「デート代のお金くらいバイトでもして稼げ。仕方ないから今回は援助してあげるわ。琴乃ちゃんをちゃんと楽しませなさい」
母さんからデート代をもらった俺はデートという事を考える。
「……デートか」
考えたことがないわけではない。
恋人としてどこかに一緒に出かけたりするのは普通の事だと思うし、俺だって琴乃ちゃんと出かけてみたい気持ちはある。
しかしながら、まだその段階に進めないのは緊張や勇気がないのだ。
「ふわぁ……私はもう寝るわ。明日、デートの約束しなきゃお金を返しなさい。それじゃ、お休み」
そう言って母さんは自室へ戻る。
明日って、いきなりすぎて無理っ!?
慌てる俺の反論は当然、母さんには通用しないだろう。
……まぁ、こうしてある種のきっかけを与えてもらったのには感謝しよう。
俺はとりあえず、今日の予定でもあったリビングの捜索を開始する。
この間、琴乃ちゃんと写った昔の写真を見せてもらったが、我が家にも1枚くらいあるのではないかと探して見ることにした。
基本的に写真なんてあまり撮らないのでアルバムはそう多くない。
「こういうのは母さんが寝ている時しかできないからな」
前に別件で写真探しをしたことがあるのだが、母さんに怒られた。
父親関係の事を探していると勘違いされたらしい。
今となっては顔も覚えていない存在の事は正直、どうでもいい。
それでも、変に誤解させないようにタイミングを見計らっていたのだ。
リビングにある押し入れの中を探して数十分、ようやく奥にしまいこまれたアルバムを発見。
そこまで奥の方に封印しなくてもいいだろうに。
「俺の小学生時代の写真はどれだ?」
適当にページをめくっていくと、所々に空白がある。
その空白こそ、父親という存在の跡なのだろうか。
確定情報ではないが、俺の父親は医者だったという話を聞いた事がある。
看護婦だった母さんと病院で知り合ったらしい……ホントかどうか知らないけどな?
こうして改めてアルバムなど見る機会はなかったので懐かしさもある。
そして、俺はようやく琴乃ちゃんと写っている写真を何枚か発見する。
「これだ、俺の家にもあったか」
何枚か、一緒に写っている写真の中にそれはあった。
琴乃ちゃんの部屋で見せてもらった時、気になっていたもう一人の女の子。
「この子は……?」
俺とツーショットで写っている写真もあり、俺は素直に驚いていた。
この子に関しては記憶がまったくない。
一緒に遊んだとか、思い出なども思い出せない。
「……まぁ、いいや。これだけ抜き取っておこう」
俺はその数枚の写真を手元に残してアルバムを片づける。
そして、自室に戻り、懐かしい写真を眺めていた。
主に写真の背景は展望台の公園の写真が多い。
琴乃ちゃんと遊んでる俺という構図の写真。
それと、謎の女の子と写る写真も数枚ある。
年齢は俺や琴乃ちゃんよりも幼く感じる、2、3歳は下ではないだろうか。
「……こんな子、いたかな?」
記憶を思い出すのに苦労しながら俺は考える。
その子は黒い長髪の女の子だった。
俺の隣で微笑む琴乃ちゃんは茶髪っぽく見える髪質なのだろう。
笑い合う俺達を見つめるようなもう一人の少女。
それは、楽しいとかではなく寂しそうにも見える。
「この写真だけ、笑顔っぽいな?」
俺とのツーショット写真。
少女は微笑を浮かべているように見える。
可愛らしい子なので今となったらすごい美少女になっているに違いない。
「琴乃ちゃんはこの子を知っていた、となると……誰だ?」
直接、本人に尋ねるのが一番だろうが、どうやらそんな雰囲気ではなかった。
あの時はおばさんに邪魔されたが、俺がそれ以上追及できなかったのはその時の彼女の表情が暗く思えたからだ。
「……聞かれたくない素振りだったよな?」
となると、思いつくのは幾つかの仮定。
亡くなったとか、引っ越ししてしまったとか……?
「ホント、誰なんだろうね?」
思い出せないことに歯がゆさを覚えながら、俺はその写真を見つめる。
母さんにでも聞けば……いや、あの当時の事を母さんがどれだけ知っているか。
この当時、10年前は母さんが看護師に復帰した頃だ。
俺が預けられていた時に母さんは忙しくて、ほとんど顔を見せなかった。
それを思えば、一緒に遊んでいた子など覚えていないだろう。
「理沙おばさんに聞くか?」
本当にこの子の正体を知りたいのならそれが一番確実な方法だ。
この写真を撮ったのは彼女だろうし、内緒話にしてもらえば話してくれそうだ。
それも選択の一つだと考え、俺は写真を机の中に仕舞いこむ。
今すぐに思い出せなくても、いずれ思い出すことがあるかもしれない。
焦って思い出すことでもないのだから、ゆっくりと思いだすとしよう。
「――キミは一体、誰なんだろう?」
俺の記憶の中にいるはずの少女の存在が気になっていた。
どうして、俺は覚えていないのか。
それにも意味があるんじゃないのか、そんなことさえ思う。
「……なんてな、ドラマじゃないんだから考え過ぎだろ」
大抵、小学生の記憶ですら曖昧なのだから、覚えてないのは仕方ない。
下手に考え込むと混乱するだけだ。
気にはなるが、気にし過ぎはやめておく。
それよりも、俺には問題があるのだ。
「琴乃ちゃんをどうやってデートに誘うか。それが問題だ」
俺は携帯電話を片手に約1時間ほど脳内シュミレーションをしながら、ようやく琴乃ちゃんに連絡をして「明日、デートしない?」と誘う事にした。
ホント、デートの約束するのって大変なことなんだなぁ……。
結果、明日のデートを何とかこぎつけ、次はデート場所で悩むのだった。
悩んでばかりの初体験に苦労するが、悪くはない。
こういうのも楽しみのひとつだ。
恋愛って思っていた以上に面白いな。




