第6章:焦がれる想い
【SIDE:井上翔太】
琴乃ちゃんの母親である理沙おばさんは美人である。
我が母いわく、学生時代はものすごくモテていたらしい。
今でも十分美人だから、真実なのだろうが。
俺が琴乃ちゃんの家に上がらせてもらって数分。
俺は警察の取り調べとばかりに理沙さんに詰め寄られていた。
ちなみに琴乃ちゃんは制服から着替えるためにリビングにはいない。
「久しぶりに会ったと思ったら琴乃の恋人ってびっくりしたわ。翔ちゃんがねぇ?」
「その、翔ちゃんってのは……さすがに恥ずかしいですが」
「あら、娘だって昔はそう呼んでいたじゃない」
そりゃ、琴乃ちゃんが呼んでも悪くないが、おばさんに言われると嫌なのだ。
ほら、よく親戚に小さな頃の失敗話を笑ってされてムッとするのと同じだよ。
……そう言えば、昔、琴乃ちゃんには“翔ちゃん”って呼ばれていたっけ。
今では先輩扱いだ、しかも名前じゃなくて名字だし。
今度、名前で呼んでもらうようにしよう。
それはさておき、理沙おばさんは俺と琴乃ちゃんの関係にひどく興味津々。
琴乃ちゃんがあまり話してくれないから俺から聞き出そうとしているようだ。
「昨日、琴乃が翔ちゃんを恋人に射止めたって聞いて本当に驚いたのよ?あの子、恋愛には疎い方だって思ってたのに。親に隠れて想いを抱き続けていたのねぇ」
「……普通は想いってのは親に隠すものでは?」
「そう?私に話してくれれば葉月に言って無理矢理でも翔ちゃんを連れてきてもらえばよかったじゃない。葉月ってば、私が連れてきてって言っても面倒だってあれ以来、翔ちゃんを連れてきてくれなかったし」
葉月(はづき)っていうのは俺の母さんの名前だ。
母さんと理沙おばさんはいわゆる幼馴染って奴で幼稚園から仲が良かったらしい。
「でもね、翔ちゃんが琴乃の恋人っていうのは安心できる」
「……信頼されてます?」
「何かあったら葉月が動くもの。葉月の子供ってだけでまず遊び半分にポイ捨てされる心配はゼロよ。もちろん、翔ちゃんがそんな真似をするわけないって信じてるけど」
あっ、そういう意味っすか。
むしろ、今のは警告だろうか?
うちの娘につまらんことをしたらどうなるか分かってるんだろうな、的な?
迂闊なことはできそうにもない、する気もないけど。
「でも、あの内気な琴乃が変わろうとしたのはいいことよ。最近、オシャレに気を使ったりしだしたから何かあるなって思っていた。高校に入って何か影響されてるのかも、そう思っていたけど違ったのね。好きな人がいたから変わっただけ」
俺の顔を見つめながら理沙おばさんはにこやかな笑みを見せる。
「琴乃ちゃんってそんなに大人しい子でしたっけ?」
母さんもそうだったが、どうにも周囲のイメージと俺の小さな頃のイメージが合わない。
琴乃ちゃんに振りまわされた過去を持つ俺は、元気で明るい子という感じなのだが。
「……琴乃は前から大人しいわよ。私の子ながら全然性格も似てないし?」
「それは当然では……いえ、何でもないです」
おばさん、怖いから睨むのは勘弁してください。
「俺はそう思えないんですよ。俺の前では昔も今も、琴乃ちゃんって大人しいタイプには全然見えないです。今回の告白も結構強引でしたから。実際と違うのかなって少し気になって……」
「強引なのは恋をしているからでしょ?そんなものよ。親が知る子供の姿と本当の子供の姿が違うのは普通じゃない?子供ってバカじゃないもの。親には隠したい一面くらいあるもの。でも、翔ちゃんの前で本当の自分を見せるってのはあの子も女の子なのね。可愛い所、あるじゃない」
やはり、考え過ぎなのだろう。
俺もそこまで言えるほど、琴乃ちゃんを深く知らない。
この関係を続けるためにも早く仲を深めあいたい。
「……何の話をしているんですか、先輩?」
着替え終わった彼女がリビングに出てきたので俺とおばさんは話をやめる。
変なことではないけど、本人に聞かせる話でもない。
「翔ちゃんと会うの久しぶりだなって。琴乃は翔ちゃんのことを覚えていた?」
「私にとっては大切な思い出だったもの。先輩、夕食ができるまで私の部屋にきてもらっていいですか?」
「……娘が自室に男を招くシーンを見ることになるなんて。心の準備はOK、琴乃?」
「変なことを言わないで。先輩に見せたいものがあるだけ」
ごめんなさい、俺も変な期待をしておりました。
だって、女の子からそう言われたら嫌でも期待するじゃん。
「ここはお母さんに任せて、行きましょう、先輩」
「えぇーっ。私も翔ちゃんとお話したいのに」
「また今度にして。今日は私、優先だから」
理沙おばさんは「ホントに何かいつもの琴乃じゃないわ」と微笑する。
俺は食事ができるまでの間、琴乃ちゃんの部屋に行くことにする。
彼女の部屋はリビングからすぐ近い部屋だった。
室内は女の子らしさ抜群の何だかいい香りのする部屋だ。
内装も女の子っぽくて何かいい、すごくいい……。
こうして女の子の部屋に入るのって初めてだから緊張する。
「……俺に見せたいものって?」
「先輩は覚えていないでしょうけど、小さな頃の写真です」
「へぇ、昔の写真か……。見せてもらってもいい?」
琴乃ちゃんが俺に差し出した写真に写るのは幼い頃の俺だ。
その隣にいる可愛い女の子は琴乃ちゃんだろう。
仲良く二人で写っている写真を眺めていると昔を思い出す。
「……あれ?」
俺が気になったのは1枚の写真だった。
俺と琴乃ちゃんの後ろに隠れるようにして小さな女の子が写っている。
記憶にはないけど、俺達と遊んだことのある女の子だろうか?
「ねぇ、琴乃ちゃん……この子は?」
「それは……」
俺が彼女に尋ねようとした時に、理沙おばさんから声がかかる。
「ご飯できたわよ?……もしかして、お邪魔?」
「別に変な事はしていないから。夕食できたの?」
「残念、何かいい雰囲気だったら邪魔しようと思ったのに。翔ちゃん、琴乃が可愛いからって襲わないでよ?」
「……襲いません」
俺の発言になぜか琴乃ちゃんが拗ねる。
「はっきり断言されると悲しいです」
「そうよ、翔ちゃん。まだ、とか、いつかはって言ってあげないと」
あれ?何で俺が責められているんだろう?
ここで襲うと言ったら間違いなく、出ていけって展開になるはずなのに。
どちらにしても反応しづらいっ!
女心というものにもなれていかないとね。
「ほら、ご飯が冷めちゃうから早く来てね。今日は頑張ったのよ」
俺は「うわぁ」と引きずられるように理沙おばさんに連れて行かれるのだった。
……。
部屋に一人残った琴乃は翔太の見ていた写真を手にする。
写真に写るのは幼い頃の琴乃ともう一人の少女。
「先輩は“この子”を覚えていないの?」
それは10年前の思い出の光景、忘れられない恋の始まり。
「……思い出して欲しい気持ち、思い出して欲しくない気持ち。どちらが私の本音かな」
琴乃は寂しそうにつぶやくと元のアルバムに写真を仕舞いこんだ。




