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最終章:恋人と海と青空と

【SIDE:井上翔太】


 ガールフレンド。

 英語を日本語に直訳すると女友達。

 だが、本来の意味で言うのならば恋人と言う意味だ。

 俺はこの言葉にすごく意味がある気がする。

 最初は友達、けれど親しみを持つとその関係は恋人へと変わる。

 

 琴乃と俺は今、海へと来ていた。

 眩しいくらいに照りつける太陽の日差し。

 蒼い海は波打たせながら人々を楽しませている。

 

「翔太先輩と海に来るなんて初めてですねっ」

 

「そうだな。俺って実は海に来るのは5年ぶりくらいなんだよな」

 

「そうなんですか?」

 

「遠出してまで海に来るって事が中々なかったからさ」

 

 電車を乗り継いでまで、海にこようとは思わなかった。

 せいぜいプールがいい所だった。

 だから、泳げないって事はないんだけどね。

 

「先輩と海に来たかったんです。またひとつ、私の夢が叶いました」

 

「琴乃って小さい夢をいっぱい持っているな」

 

「小さい夢の積み重ねは大きい幸せになるんですよ?」

 

 可愛い顔をして、彼女は俺にそう言い放った。

 ……まったく、こちらが照れくさくなるじゃないか。

 

「可愛い事を言ってくれる」

 

「あっ、先輩ってば照れてます?可愛いのは先輩の方ですよっ」

 

 くすっと微笑をする彼女に俺はやられた。

 琴乃のような恋人がいて、俺は本当に幸せだなって思うんだ。

 

「はいはい。そんな事はいいから早く泳ごうぜ」

 

「ふふっ。先輩、そんなに私の水着が見たいんですか?」

 

「ぐふっ!?そ、それは……」

 

 見たくないとも言えず、がっつくように見たいとも言えず。

 彼女に俺はからかわれながら、逃げるように更衣室に行く。

 水着に着替えた後は砂浜で琴乃が来るのを待っていた。

 砂浜が暑くて足が焼けそうだ。

 さっさと海に入りたい。

 

「お待たせしました、先輩っ」

 

「おっ、来たか……琴乃?」

 

 普段はストレートの髪の毛をツインにまとめた彼女。

 それだけでも可愛いのに、青色の花柄模様のワンピースタイプの水着はよく似合ってる。

 スタイルは……まぁ、これからに期待ってことで。

 

「先輩?凝視ばかりしてないで感想をください」

 

「スクール水着じゃないんだな」

 

「くっ。そうきますか?先輩はスク水派。分かりました、次からはそうします」

 

「しなくていいから!?冗談だよ、冗談。俺にそのようなマニアックな趣味はない」

 

 初めから言わなきゃいいのにという視線を向けられてしまった。

 

「素直に褒めてくださいよ?」

 

「分かってるよ。えっと、その、うん。可愛いと思うぞ?」

 

「?がついてますけど微妙ですか?スタイルに問題があるのは仕方ありませんけど」

 

 今度は不機嫌になりかけている。

 マズイ、そうなると琴乃は手強いのだ。

 前に機嫌を損ねた時は麻由美に手助けしてもらってようやく解決したからなぁ。

 

「可愛いよ。すごく似合ってると思う。スタイルだって、悪くない」

 

「最後の辺りが何となくご機嫌取りが混じってる気がしますが、それでいいです。先輩に褒めてもらえると嬉しいですね」

 

「……本当だってば」

 

 可愛いと褒めても疑われるのはどうかと。

 俺の信頼度が足りてない?

 

「翔太先輩。私、実は……」

 

「胸はパッドありです?」

 

「先輩。女の子の秘密に触れたら●●が●●して、●●●しますよ?」

 

 ちょ、おまっ!?

 思わずふせ字にしなきゃいけない事を笑顔で言う琴乃にマジでびびる。

 本気で女の子の笑顔が怖いと思った。

 これ以上、琴乃を怒らせないようにしよう。

 

「ごめんなさい」

 

「もうっ、先輩ってば女の子をなんだと思ってるんですか?」

 

 琴乃が言いたかったのは「実は私、泳ぎが下手なんです」というものだった。

 浮き輪の着用を求める彼女に俺は承諾する。

 こういう事は下手して溺れても困るからな。

 俺達は海へと入ると、冷たい水の感触に心地よさを感じる。

 外がこれだけ炎天下なので本当に海に入ると気持ちがいい。

 

「少し、波が荒いですね」

 

 浮き輪で浮きながら彼女は海を進む。

 俺もその後をついて行くと、いきなり足がつかない深さになりはじめた。

 ここからは泳がないとダメか。

 

「なぁ、琴乃?鈴音はどうしているんだ?」

 

「お姉ちゃんですか?お盆前に一度だけ帰ってくるそうですよ」

 

 全寮制の高校なので鈴音に会えるのは本当にわずかなのだ。

 麻由美は学校では昼飯を食べる時によく顔を合わすけどな。

 

「そうか。また会えるといいな」

 

「むっ。もしや、お姉ちゃんを狙うつもりでは?」

 

「琴乃がいるのにそんなことするはずないだろ?」

 

「分かりませんよ。時々、不安になることもあります。あの一件で私達の関係は変わりました。本当の意味での再会、それは意味があったと思います」

 

 ゴールデンウィークのあの出来事。

 俺が琴乃を鈴音と勘違いしていた奴だ。

 だが、お互いに受け入れて、前を向き始めたことにより、今はこうして甘い恋人関係を続ける事ができている。

 

「……先輩の初恋ってお姉ちゃんですよね?」

 

「まぁ、そうだけど。今、好きなのは琴乃だぞ」

 

「分かってます。分かってるんです。だけど、どうしても気になる事があって。私、本当にダメだなって……。先輩が好きと言ってくれるのに、心のどこかで本当に私でいいのって思ってしまうんですよ」

 

 静かに波に浮く俺達は黙り込んでしまった。

 琴乃は時折、そういう自信のなさを見せる。

 性格的なものだから無理は言えないけども、俺は俺を信じて欲しい。

 

「琴乃、おいで?」

 

 俺は琴乃の手を引きながら、海で足のつく所まで戻る。

 顔を俯かせる彼女に俺はポンっと軽く頭を撫でた。

 

「俺は、琴乃と一緒にいられて幸せだよ。可愛い彼女がいて、毎日が楽しくて満たされている。琴乃、自分で言ったよな。小さな夢の積み重ねが自分の幸せだって」

 

「……はい」

 

「俺も同じなんだ。こうして一緒にいる、楽しい思い出を作り、同じ時間を過ごしていく。その幸せは俺も同じなんだよ」

 

 琴乃が不安に思う事なんてない。

 俺の気持ちを信じてくれれば、それでいいのに。

 だけど、人間はそう言う事は言葉にしないと伝わらない。

 他人同士が理解し合うには本当に傍にいなきゃ分からないんだ。

 両親のようなすれ違いを俺は琴乃とはしたくない。

 

「俺は琴乃が好きだ。本当に好きなんだ」

 

「……翔太、先輩」

 

「だから、これからも俺と一緒にたくさんの思い出を過ごして欲しい。俺の隣で微笑んでいて欲しい。これが俺の望み、俺の夢なんだよ」

 

 人を信じるのは難しい。

 だからこそ、話をして分かりあう事が必要なんだ。

 分かったふりをして、嘘をついて、誤魔化して。

 そんな関係を続けていたらダメになるのはお互いに理解している。

 

「琴乃のそういう不安、俺は話してほしいよ。俺は琴乃を理解したい。琴乃の想いを知りたいからさ。ふたりで解決していけば、俺達はずっと幸せなんじゃないかな」

 

 琴乃はしばらく黙りつづけていた。

 瞳に端にうっすらと涙を浮かべていたが、やがて、落ち着いたのか笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます、先輩。そう言ってもらえると、私も嬉しいです」

 

「琴乃には笑顔でいてもらわないとな」

 

「私、先輩の事を好きになって本当によかったと思います」

 

 俺達は海の水の中で抱きしめあう。

 周囲の視線が少し気になるがかまいやしない。

 

「……皆の前で抱擁されるとさすがに恥ずかしいですね」

 

「どこにでもいるカップルの構図だ。気にしないでいい」

 

「先輩って意外な所で大胆ですよね」

 

 俺は琴乃を抱擁していた腕をゆっくりと離した。

 

「こうしてちゃんと態度に出さないと琴乃が不安があるからさ」

 

「……先輩って優しいです。時々」

 

「ちょい待て。時々っていつもは?」

 

「くすっ。それは、まぁ、気にしないでください」

 

 いつもの関係、いつもの琴乃がそこにいる。

 

「さぁて、それじゃまた泳ぐとするか。何なら勝負でもするか?」

 

「浮き輪OKなら私は負けませんよ?」

 

「いや、浮き輪じゃ絶対に俺には勝てないから」

 

 水しぶきとともに笑い声が海に響く、大切な子が俺のすぐ傍で笑っている。

 その現実に俺は幸せを実感している。

 これから何度も互いに喧嘩したり、不安になったりしていくんだろう。

 それでも、俺達はどんな試練も乗り越えて見せる。

 この幸せな日々を続けていくために――。

 

【 THE END 】

 

 これで完結です。

 思い出って、人間、つい忘れて行くモノなんですよね。ふと懐かしい過去を思い出す、小学生時代、仲の良かった友達、好きになった異性の相手。……あれ、でも、名前とか顔とか思い出せねー。と言うのが普通なんですけど。だからこそ、初恋だったり、昔をふと思い出してみる時間も必要なのではないでしょうか?

 基本的に過去の回想、翔太が琴乃だと思っていた相手は鈴音です。作品は少し分かりづらいところもあると思うので、もう一度読み返してもらえれば、なるほどねと思ってもらえるはずです。

 この作品を楽しんでもらえたら幸いです。では。

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