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第43章:愛の形

【SIDE:井上翔太】


 リビングで向き合う形、こうして母さんと話をするのはいつ以来だ。

 確か、俺の父親の話をした時以来かもしれない。

 

「……まずは確認なんだけどさ。本当に俺の父さんは佐々木さんなんだよな?」

 

「えぇ、そうよ。信彦さんが貴方の父親。彼にはこの事を一切、話していなかったの。信彦さんには今日、初めて真実を告げたわ。だから、信彦さんは悪くない。悪いのは全部、私なのよ」

 

 母さんと父さんの関係。

 何年もの間、嘘をつき続けてきた。

 彼女の心境を思うと、何とも言えない。

 

「父さんが別の相手と結婚して、それでよかったわけ?」

 

「それがあの人の夢を叶えるためなら、いいと思ったわ。私と付き合うよりも、将来性や立場のある女性と結婚する方がいい。私はそう思って、彼と別れる事を選んだの。もちろん、翔太と暮らしていくことに不安がなかったわけじゃない」

 

 色々と悩んだ結果なんだろうな。

 そんなのは分かり切っている。

 苦しみながらも選んだ母さんの決意。

 

「そうして、父さんの事ばかり考えて、母さんは幸せだったのか?」

 

「それは……」

 

「好きな人を諦めて、距離も遠ざけて、それで父さんも幸せになれたのか?」

 

 俺はあえてキツイ言い方をする。

 母さんは顔を俯かせながら俺に言う。

 

「……私はそう信じているわ。私の行動に間違いはなかった。翔太には本当に悪い事をしたと思っている。片親のせいで苦労をかけたことも、寂しい思いをさせたことも」

 

「父さんだけが幸せになって、それでよかったんだ?」

 

「翔太に対しては申し訳なく思ってる。私が辛いのは私の責任だもの。けれど、そんなエゴで貴方を巻き込み続けてきたのは本当に悪かったわ」

 

 初めて俺の父の事を語って解きと同じく母さんは俺に謝罪をする。

 何かがズレている。

 俺はそう感じざるを得なかった。

 そして、俺はようやく気づくんだ。

 

「そうか。そういうことか……」

 

「……翔太?」

 

「結局、母さんの中には最初から俺と父さん、母さんの3人で家族になると言う選択はなかったのか?母さん達が結婚して一緒になると言うビジョンは……」

 

「……っ……!?」

 

 母さんは何も言えなくなり、黙り込んでしまう。

 母さんの中にある、父さんと一緒に生きていきたいって本音。

 なぜ、それを彼女は表に出さない、出せない?

 

「彼の立場とか、そんなことよりも大事なのは母さんが幸せになりたいって気持ちじゃないのか?何で最初から諦めているんだよ。何で、父さんと向き合おうとしないんだよ。それってただ、一方的に愛を押し付けてるだけじゃないか」

 

「それしかなかった。そうすることでしか、私は――」

 

「母さんは自分勝手なんだよっ」

 

 責めるつもりはなかったのに、俺は声を荒げてしまう。

 俺の言葉に彼女はハッとする。

 何で、母さんは平気なフリをするんだよ。

 こんなにも長い間、ひとりでいるんだよ。

 

「母さんの言う父さんの幸せは父さんが望んだ事なのか?」

 

「……ぁっ……」

 

 唇をかみしめる彼女、それでも俺は言わなくちゃいけない。

 

「父さんの夢のために。言葉で言えば綺麗だけどさ、それはただ母さんがそうして欲しいと望む未来を彼に押しつけただけだ。父さんは俺に言っていたよ。17年前、出来る事なら、母さんと一緒になりたかった、と」

 

 そうしたい、ああしたい、そうしなければいけない、それがいい。

 彼女の想いは“愛の形”と言う名の“エゴ”でしかない。

 その“結果”は誰も幸せになれていない。

 

「父さんはこうも言っていた。俺の事があるから結婚の話だって受け入れてくれない。今もまだ母さんが彼を拒み続ける理由なんてあるのか?」

 

「翔太のためよ。私だけが幸せになったら、翔太はどうするのよ。貴方に与え続けてしまった苦痛はとりかえしがつかない」

 

「俺の事を言い訳にするなよっ!まだ逃げるのか?母さんが俺を育ててくれたのは感謝している。苦労ばかりしてきたはずだ。そんな現実を受け入れてる。母さんが向き合わなきゃいけないのは父さんだろうがっ!」

 

「子供の事を思わない母親がどこにいるっていうのよ。子供を産むって事は責任なのっ。親である私にはアンタを育てる責任があるの。私が信彦さんの事を優先して考えてしまったら……しまったら……」

 

 うなだれる母さんを俺は不器用な人だと感じていた。

 自分を無理やり抑え込んでいる感情があるはずなのに。

 

「もっと素直になれよ、母さん。自分に嘘をついて、他人に嘘をついて、そうして作られた今の関係で本当にいいのか?」

 

 俺は琴乃との事を彼女に話すことにした。

 彼女との思い出も、今回の事によく似ているんだ。

 

「俺の話だけどさ。琴乃は俺に嘘をついていた。俺があの子の事を忘れてしまったから、鈴音だと勘違いしているのを利用した。そうして、付き合いはじめて、彼女は嘘をつき続けた。その事を苦悩して、それでも俺と一緒にいたいと言う気持ちを優先した」

 

 彼女を思いだせずに嘘をつかせ続けてしまった俺が悪い。

 あの子を苦しませていたのは嘘をついたせいで生まれた罪悪感。

 

「琴乃は悪くない。嘘をつかせたのは俺のためだ、俺さえしっかりしていれば、あんな事をさせることもなかったのに。俺はそれが悔しいんだよ。好きな子を悲しませるのが自分のせいだってのはさ」

 

「……琴乃ちゃんと初めて会った時に、翔太への対応が違うように見えたのはそのせいだったのね。嘘つきの恋、か」

 

「嘘をつくのは簡単だよ。嘘をつけば、自分を守れる。だけどさ、嘘をついたり、誤魔化したりして逃げるという選択をしても、幸せにはなれない。逃げてばかりじゃダメなんだ」

 

 琴乃にそんな無理をさせてしまった俺は自分を恥じた。

 どうして、俺に素直に話してくれなかったんだって思った。

 彼女一人を苦しめるつもりなんて俺にはなかったのに。

 それは奇しくも、俺の父さんと同じ気持ちだったに違いない。

 

「俺と彼女の問題なんだ。真実を知りたいと思うのが当然だろう。父さんもそうだ。俺の事を知らず、自分のために母さんに身を引かせてしまった。その事を悔いているはずなんだよ」

 

 嘘をついても、結局、いつかは嘘がバレる。

 嘘は逃げだ、逃げても何も解決などしない。

 

「もう逃げずに父さんと向き合って欲しい。俺が望むのはそれだけだ。俺は母さんと暮らしてきて幸せだったよ。俺は父さんも母さんも恨んじゃいない、これから先、一緒に暮らせるようになればそれでいいと思うんだ」

 

「今さら、そんな都合のいいことなんて……」

 

「今さら?逃げるのをやめてから言ってくれよ。今さらでも、何でもいい。物事を始めるのに、遅くたっていいんだよ。俺は今度こそ、母さんに幸せになってもらいたい」

 

「……私はずっと怖かったのよ。信彦さんにも、翔太にも拒絶されてしまう事が怖かった。黙っていれば、責められる事はない。けれど、それは貴方の言うとおり、逃げでしかない。私だって、幸せにはなりたいの」

 

 母さんは静かに目を瞑ってから、ゆっくりと見開く。

 もう悩まないでいいんだ、と自分に言い聞かせているように見えた。

 

「私は今からでも幸せになってもいいの、翔太?」

 

「当然。だって、俺達は家族なんだ。誰だって家族の幸せは望むものだろ?」

 

 俺がそう言うと彼女は嬉しそうに笑った。

 人が幸せで、笑顔で暮らしていくには障害はいくらでもある。

 それを苦労して乗り越える時、人って言うのは幸せの大切さを知るんだ。

 母さんも、父さんも、冬美ちゃんも、俺も……家族になればきっと何かが変わる。

 家族の誰もが幸せになれるように。

 きっとなれるはずなんだと俺は信じたい――。

 

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