第40章:父親は誰なのか?
【SIDE:井上翔太】
鈴音との再会に伴う“琴乃”の失踪事件は無事に解決をした。
琴乃とは本当の意味での10年ぶりの再会を果たし、恋人としての新しい関係を築くことができたのだ。
彼女がついた嘘。
いや、正確に言うならば、琴乃につかせてしまった嘘。
俺はその嘘が悪いことだとは思わない。
誰もが嘘をついてしまうことはある。
何かを誤魔化す時、知られたなくない事を知らせる時。
嘘には二つの嘘がある。
悪意を抱き人を騙すための嘘。
もうひとつは優しい嘘だ。
相手を想うがゆえについた嘘は悩み、苦しむこともある。
琴乃はそうだった。
自分のついた嘘にこの数週間も苦しみ続けてきたのだ。
その苦しみから解放された彼女。
今は俺の恋人して明るい表情を見せてくれている。
琴乃が愛おしい、大切な恋人だと俺は幸せに満ちていた。
鈴音とも楽しく過ごせたゴールデンウィークが終わり、6月に入ろうとしていた。
そんな俺にある出来事が起きようとしていた。
己の出生に関わる重要なことが……。
「しょ、翔太っ、来てっ!?」
夜になって俺が自室でのんびりとしているとリビングから母さんの悲鳴が聞こえる。
「何だよ、母さん。何か変なモノでもいたのか?幽霊なら間に合ってるぞ」
「違うわよ、あれを見なさい」
彼女が指差す先には大きな蜘蛛が壁にへばりついている。
普通の家に住む蜘蛛ではなく、足が長い気持ち悪い蜘蛛だ。
「あーっ。母さんって蜘蛛が苦手だっけ?黒いゴキは大丈夫なくせに」
「うるさいっ。いいから処理しなさいっ」
「はいはい。蜘蛛ぐらいで驚くなよ。びっくりするだろ」
俺はその蜘蛛には家の外へと退散してもらうことにした。
ティッシュで掴んで、窓から放り投げて任務終了。
「はぅ……」
ぐったりとする母さんに「虫くらいでびびらなくても」と呆れていた。
「私、蜘蛛だけはダメなのよ。小さな頃に実家の部屋の物置で大量に溢れ出た蜘蛛の子供達を見てから気持ち悪くてトラウマなの。何度もアンタにも言ったでしょうが。あぁ、気持ち悪い……」
幼女時代にそんなグロい物を見れば当然だろう。
「って、あれ?母さん、何で?今日は夜勤じゃなかったのか?」
確か看護師の都合が悪くて連続で夜勤が続くと電話があったはず。
「その予定だったんだけど、代わりに別の人が入ってくれて解放されたの」
「よかったじゃん。今から風呂をいれる?」
「うん。任せるわ。あっ、夕食はどうするつもりだったの?」
「またどこかへ飯でも食べに行こうかなって思ってた。ついでに母さんの弁当でも買ってこようか?疲れているんだろう?」
仮眠ぐらいは取ってるようだが、疲れは目に見えている。
「そうねぇ。そうしようかな」
「OK。それじゃ、風呂をいれてくる」
俺はお風呂をいれてくると、リビングで母さんが携帯電話を片手に硬直していた。
「風呂いれてきたけど……どうしたんだ?」
「……お弁当を買うのは中止よ。これから夕食に出かけることになったわ」
彼女は表情を強張らせながら呟く。
「え?外食?珍しいなぁ、母さんが外で飯を食べようなんて」
「……そうね。お風呂を出るまで待っていて」
言葉短く告げると彼女は風呂場へと入って行った。
母さんの様子が変だったのは気のせいだろうか?
風呂からあがってきた母さんはすぐに出かける支度をしろと告げた。
そんなこんなで外へと出ると、そこには前に見たことのある車が止まっている。
「これって……?」
「いいから黙って。翔太、何も余計なことは言わないように」
母さんの様子がいつもとおかしいのに気付いてた。
何て言うか、焦りと書動揺とかを必死に隠しているような。
その車に近づくと中から出てきたのは母さんの勤める病院の院長さんである佐々木さんだった。
「佐々木さん?こんばんは、ご無沙汰してます」
「あぁ、翔太君。こんばんは。葉月も夜勤明けで大変だろう?」
「……別に。慣れているもの。それで私達を食事に誘うなんてどういうつもり?」
佐々木さんの誘いだったのか、なるほど外食と言う選択肢の理由が分かった。
母さんと佐々木さんはお互いに目で会話をしている。
「まぁ、理由なんていいじゃないか。食事は皆で楽しく取りたいものだろう?」
「何をバカなことを……」
「……いろいろと葉月とも話をしたくてね。翔太君、今日は悪いが冬美の面倒を見ていてあげてくれないかな?」
「えぇ、分かりました」
どうやら大人同士で話があるようだ。
俺は車の後ろの席に座っていた冬美ちゃんに声をかける。
「こんばんは、お兄ちゃんっ」
「うん。冬美ちゃんは今日も可愛いねぇ。今日は赤色と白色のリボンなんだ?よく似合ってるよ」
「ありがとうっ。えへへっ」
俺が彼女の頭を撫でてやると嬉しそうに微笑む。
それを見ていた母さんが思わずつぶやいた言葉。
「ロリコン?……翔太ってまさかそういう趣味なの?我が息子としてそれはないわ」
「それは誤解だぁ!?」
誰もロリ属性などない、冬美ちゃんが可愛いのは認めるけどね。
親に疑惑の目を向けられることが寂しい。
しばらくして、以前に佐々木さんに連れてきてもらったレストランに到着する。
今回もあの極上のステーキを食べさせてもらえるようだ。
「お兄ちゃん、フォークとナイフの使い方は覚えた?」
「おぅよ。冬美ちゃんに教えてもらったおかげでばっちりだ」
俺のセリフに母さんは頭を抱えて俺に言うのだ。
「ごめん、翔太。私、貴方の育て方を少し間違えていたわ。フォークもナイフも使えない子だったなんて。なんて不憫なの」
「――まさか、母親に同情された!?」
ナイフとフォークの使い方が分からないだけでダメなの子ですか!?
恥ずかしさはあるが、俺はそれを恥とは思わない。
うちの家庭事情を思えばそんなお店に行くことなんてないわけで。
「ファミレスくらい使えるようにこれからはお金もあげるから」
「やめて、変な同情しないで!?これ以上、俺を可哀想な子扱いしないで!?」
「……だって、我が子としてあまりにも可哀想なんだもの」
ちなみにファミレスとかのナイフとフォークくらい使ったことはある。
こういう高級店のいくつもナイフとフォークがあるようなお店に来たのが初めてで戸惑っただけで、決して、それすら使えない程可哀そうな子ではない、と思う……そう思いたい。
「私達を夕食に誘うなんて、どういう意図を持ってるのかしら?」
食事をしながら、母さんは佐々木さんに視線を向ける。
「キミともじっくりと話して見たい事があってね。食事の後でいいから、まずは食事を楽しんでくれ。冬美、どうした?」
冬美ちゃんがジッと母さんの方を見つめていた。
「あのね、パパがすごく楽しそうだなって思ったの」
「……そうだね。葉月と話すのは楽しいよ」
「な、何を言って……」
「母さん、何か照れてる?」
母さんが戸惑いながら、俺に「こっち見るな」と睨んできた。
ぐすっ……俺だけ扱い悪くありませんか?
人生2度目の高級ステーキの味に大満足の俺。
そのまま楽しい雰囲気で食事を続けていた。
「ふたりだけで話があるんだ」
食後に佐々木さんに言われてデザートを食べ終わった冬美ちゃんを連れて外へと出る。
彼女の小さな手を繋いで街をしばらく歩いてみることにする。
「お兄ちゃんのママと私のパパって仲がいいの?」
「そう、なのかな?俺もよく分からないや」
佐々木さんと母さんの仲はいいのか、どうなのか。
過去を含めて俺はよく知らないのである。
古い友人と言うだけあって、親しそうではあるけども。
「1時間ほど時間をくれと言われたから、冬美ちゃんはどこかに行きたい所ある?」
「うーん。そうだ。ゲームセンターに行きたいっ」
「おっ、ゲーセンか。冬美ちゃんでもそう言う所に行きたいとか思うんだ?」
お金持ちの娘なのに庶民の娯楽、ゲーセンに行きたいとは意外だ。
まぁ、子供だからセレブちっくなところに行きたいなど言わないだろう。
「学校の友達が行って楽しかったって言ってたの。パパはダメって言って連れて行ってくれなくて、私は行った事がないから連れて行ってくれる、お兄ちゃん?」
「おぅ。そう言う事なら任せてくれ」
俺は彼女をゲームセンターへと連れて行く。
賑わうゲーセン内でUFOキャッチャーでぬいぐるみを何個か取ってあげたり、ふたりでゲームをしてしばらくの間、楽しむ。
「すごく可愛いの、このぬいぐるみ。ありがとう、お兄ちゃん」
ぬいぐるみを抱きしめる冬美ちゃん、喜んでもらえてこちらも楽しい。
……それに、小学生の子と一緒にプリクラを撮る経験なんてそうあるものじゃない。
これは俺の心の中にしまいこんでおくことにしよう。
さもなくば俺にロリ疑惑が……それだけは避けておきたい。
「次はあのゲームがしたいのっ。お兄ちゃんっ」
「よしっ、次は俺と勝負をしようか?」
「うんっ。えへへっ。お兄ちゃんに勝つよーっ」
彼女の笑顔に和みながら、俺達は次々とゲームで遊んで行く。
その間、レストランであのふたりが何を話していたのか。
それが俺の出生の秘密にも関わることなんて思いもしていなかったんだ――。




