第37章:夏の思い出《中編》
【SIDE:井上翔太】
小学2年の夏休みも半ばに入った。
仲良くなった鈴音と俺は毎日のように遊びに出かける。
おじさんにキャンプに連れていってもらったり、海で遊んだりした。
それはこれまで自分がした事がない事ばかり。
家族で何かをしたりする事は楽しいのだと初めて知った。
朝からリビングに鈴音に集められた俺と琴乃ちゃん。
「というわけで、今日は探検に出かけます!」
「……私はいや」
すぐに否定する琴乃ちゃん。
鈴音は「琴乃もついてくるのよ」と強引に誘う。
嫌がる彼女だけど、姉には逆らえない。
「だ、だって、あのユーレイ屋敷でしょ?」
「そうよ。幽霊屋敷に行くの。ちゃんと準備もするから大丈夫」
「幽霊屋敷って何なの、鈴音?」
俺の疑問に彼女は意地悪く笑いながら言う。
「ふふふっ。それはね……ついてからのお楽しみっ」
「……翔太お兄ちゃん、お姉ちゃんについて行っちゃダメ」
「そんなに怖い場所なのか」
俺の服の裾をつまみながら怖がる琴乃ちゃん。
ずいぶんと俺にも懐いてくれたのは嬉しいが、俺も鈴音にノーとは言えない。
「懐中電灯は2つあればいいよね。あとは……お菓子、と、他には……」
鈴音は適当にリュックサックに詰めて意気揚々としている。
琴乃ちゃんは正反対に顔を青ざめさせていた。
「お兄ちゃん、気をつけて。ユーレイ屋敷はホントに怖いの」
「そんなに怖いんだ?」
「うん。前にマユと一緒に行って、すっごく暗くて怖くて泣きそうになったの」
思いだすだけで怖いんだろうか。
彼女は顔色がとても悪いので心配になる。
「琴乃はビビりすぎなのよ。暗い所が怖いだけでしょう」
「……お姉ちゃんだって怖がりなのに」
「あははっ。私が怖がり?そんなことないもん」
鈴音は怖がる様子もなく、荷物を詰め込んだ鞄を俺に渡す。
「荷物は翔ちゃんが持って。さぁ、行くわよ」
外で待ち合わせをしていた麻由美を加えた4人。
その4人で幽霊屋敷と呼ばれる場所に行った。
古びた屋敷、今にも壊れそうな扉を抜けた。
「足元だけは気をつけて。床がボロボロだからね」
懐中電灯を照らしながら建物の中をゆっくりと歩く。
「真っ暗だねー。ホント、いつ来てもここって怖いなぁ」
麻由美はそう言いながらも楽しんでいる様子だ。
「……うぅ、暗い所は嫌い。怖いよ、お兄ちゃん」
そう言って、俺から離れずにいる琴乃ちゃん。
鈴音は先陣を切って、鼻歌まじりに探検気分を楽しんでいる。
「くすっ。これよ、これ。やっぱり、探検ってこうじゃないと」
女の子なんだからもっと大人しい方がいいのに。
と、俺は内心、思いながらそのあとをついていく。
「翔ちゃん、見て見て。この辺から雰囲気が出てくるの」
俺の手を引いて前へ前へと進む鈴音。
俺の後ろにいた琴乃ちゃんは泣きそうになりながら、麻由美の方へと逃げる。
「こっちゃん。大丈夫だって、そんな泣きそうな顔をしないで?」
「だって、ここって……うぅっ」
震えあがってしまっている琴乃ちゃんに俺は「?」と不思議に思う。
「見てよ、あの絵。ここから先はまだ中にいろいろと残ってるんだよ」
埃っぽい部屋の中に飾られている洋画。
カビ臭いのであまり部屋の中にはいたくない。
「……鈴音、私とこっちゃんは先に外に出てもいい?」
「何よ、麻由美まで?」
「何ていうか、今日は雨が降りそうな天気でしょ?風もあって私も怖いから外で待ってる。1時間くらいしたら出てきてね」
彼女は腕時計を指差して言う。
「私、時計持ってない。翔ちゃん、持ってる?」
「うん。持ってる」
「そっか。じゃ、1時間後ね。空き地の方で遊んでいて」
「分かった。翔太クンも気をつけてね」
麻由美が怖がって動けなくなった琴乃ちゃんを連れて外へと出る。
「……あー、もう、あの子ったらホントに弱虫なんだからっ」
「でも、怖いんだったらしょうがないよ」
俺も男じゃなければ逃げ出したい。
暗い廊下をぐるっと回って、元の場所へと戻ってくる。
広い屋敷の中を回っていると、方向感覚が分からなくなる。
「ねぇ、ここって何だろう?」
キッチンと思われる場所。
そこには下へと続く階段がある。
「入ってみる?」
「うーん。何だか怖いなぁ。ちょっと待って」
俺は机の上に目印となるハンカチを置いていく。
「これで何かあったら分かるよな」
そう、俺は嫌な予感がしていたのだ。
階段をおりると子供にとっては大きな空間が広がっていた。
重い扉を開けると、古い木で出来た棚が並んでいる。
懐中電灯で照らすと「ワインセラー」と書かれていた。
「わいんせらー?って何だろう?」
鈴音も初めて来たのか、興味津々と言った感じだ。
「ワイン、っていうお酒をいれておく棚みたい」
「ふーん。パパもたまに飲んでるよ」
「……お酒置き場なんだ」
光もなく、すごく不気味な場所だけに早く去りたい。
ほんのりと何かの香りがする、そこだけは特別な空間のような気ががした。
「もう飽きたから帰ろっか。琴乃たちを待たせたくないもん」
時計はちょうど1時間が経過していたのでそろそろ帰ろうとする。
だけど、彼女は扉の前で身動きを取れないでいる。
「……鈴音、どうしたの?」
「あ、あれ?おかしいなぁ、さっきは簡単に開いたのに」
ガチャガチャとドアノブを押したり回したりするけど、ドアが開かない。
先ほどまで余裕の表情だった鈴音が戸惑って焦り始める。
「ドアが開かなくなっちゃった」
さっと顔を青ざめさせる鈴音。
俺も代わりにドアを開けようとするけど、どうしても開かない。
蹴ったり、押したりと頑張っては見たものの、扉は開く気配もなかった。
「もしかして、俺達、閉じ込められた……?」
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
「しくしく……ぐすっ……」
あの鈴音が泣いている、俺は驚きながら見つめていた。
俺の隣で声を上擦らせて泣いている鈴音を俺は慰めようとする。
「大丈夫だって。すぐに誰か助けに来てくれる」
「ホントに?だって、もう何時間経ってるの?誰も来ないじゃない」
懐中電灯で時計を見ると夜の8時過ぎ。
さすがに俺も不安になりながら、鈴音に寄り添う。
「……ごめんね、翔ちゃん」
「仕方ないよ。閉じ込められちゃったんだから」
鈴音はシュンッとしながら、うなだれていた。
普段の彼女からは想像できないけど、彼女も女の子なんだ。
「翔ちゃん。お腹空いたよ」
「確か、リュックの中にお菓子があったはず」
俺達はリュックに入っていたお菓子を食べて空腹を満たす。
それからさらに時間が経って、夜の10時を過ぎた頃、悪夢は始まった。
つけっぱなしだった懐中電灯が電池切れをしてしまったんだ。
何も明かりもなく、真っ暗になってしまい、ふたりして震える。
「な、何も見えないよ。翔ちゃん?」
「俺はここにいるから……」
俺は鈴音の手を握りながら不安を打ち消そうとする。
「……幽霊屋敷なんて来なければよかった」
真っ暗の室内、ふたりして後悔しながら雑談で不安をぬぐう。
「翔ちゃんは琴乃と仲良くなっていいお兄ちゃんみたいだよね」
「そうかな?」
「そうだよ。だって、琴乃って男の子と話をするのだって苦手なんだよ?」
心を許してくれたのか、琴乃ちゃんとの距離は縮まったように思う。
兄妹のいない俺にはどこかくすぐったい気持ちになる。
「私はダメなお姉ちゃん。いつだって琴乃の嫌なことしかしてない。今日だって、琴乃は嫌がってたのに無理に連れてきたし。嫌われてるかもねー」
「……でも、琴乃ちゃんも嫌いじゃないはず」
「うん。ホントに嫌ならしないけど、あの子っていつも大人しいから。私が何とかしてあげたいって……そう思ってるのに空回ってるかな。翔ちゃんも私の事、嫌いになった?」
不安げな鈴音を俺は励まし続けた。
「そんなことないよ」
本音を言えば俺も怖くて、不安で押しつぶされそうだった。
それでも自分は男の子だと言う意地だけで、鈴音を守ろうとしていた。
翌朝、眠りについていた俺達を大人たちが見つけてくれた。
あの後、様子がおかしい事に気づいた琴乃ちゃん達が知らせてくれて、皆が探してくれたようだ。
あのハンカチに気づいてくれてここを見つけてくれたらしい。
それから、理沙おねーさんに俺達は怒られたけど、心配させたから当然だ。
幸いなことに大した怪我もなく、無事に助かったんだけど、それから数日の間はさすがの鈴音も大人しくなっていた。
「……あ、あの、翔太お兄ちゃん?」
「ん?どうしたんだい、琴乃ちゃん」
鈴音が大人しいので暇な俺は琴乃ちゃんに声をかけられた。
「あのね、私と一緒におでかけしない?」
彼女から俺を誘ってくれたの初めてだったので俺はすぐに頷いた。
琴乃ちゃんと一緒に向かった先、教会で俺達は初めての思い出を作ることに――。




