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第29章:言葉と真実

【SIDE:井上翔太】


 生まれて初めての高級フレンチ。

 大満足の食事を終えて、食後のコーヒーを飲みながら俺と佐々木さんは本題を話し合う。

 

「さて、それじゃそろそろ本題を話そうか」

 

 冬美ちゃんはデザートのパフェ(これもかなり高そうだ)を美味しそうに食べていた。

 デザートを大人しく食べているので、俺達は会話を始める。

 

「まずは翔太君の話から聞こうか」

 

「いえ、そちらからお願いします。俺の方は大した話ではないので……」

 

「そうかい。それじゃ、僕から話そう。最初に不愉快にさせてしまうかもしれない事を詫びておきたい。だが、僕も知りたい事でね。キミの父親についてだ。単刀直入に聞きたい、キミは一度でも実の父親と会い、話をした事があるかい?」

 

 それは俺が聞きたかった質問とほぼ同じ話題だった。

 俺の父親、それが誰なのか?

 俺はコーヒーカップを持つ手に力を込めながら言う。

 

「いえ、一度もありません。俺が生まれた時からずっと母さんとふたりだったので」

 

「そうか。キミは知らないのか」

 

「はい。俺が佐々木さんに聞きたかったのも同じ質問です。過去に俺の母が交際していたらしい男の人を知っていたら、と思ったんです」

 

「彼女は綺麗で人気のある看護師だった。仲のいい男も何人もいたからな」

 

 俺に真実を語った時の母の顔を思い出す。

 俺の父親の話をした顔は辛そうで、でも、どこかそれは自分に納得した顔でもあった。

 彼女なりの決意を持ち、彼と別れて俺をひとり育てたのだろう。

 そして、今でもきっとその相手の事を……。

 

「別に今さら父親が誰でも俺はいいんですよ。ですが、母さんはきっと今でもその人を想ってる。向こうの事情もあるんでしょうが、できれば、俺は一度だけ話をしてみたい。過去の事、母の事、俺の事、俺は話だけを聞いてみたいんです」

 

 俺は誰かの隠し子だ。

 世間的に認められていない子供だと母は言った。

 今さら、俺が掘り返していい過去なのか、それもよく分からない。

 

「相手に事情を思えば俺は父親相手であろうと話をする権利はないんでしょうけどね」

 

 既に向こうには別の家族がいる。

 今さら俺が現れても困るだけだろうが。

 俺の話を黙って聞き続けていた佐々木さんは顔色を変えていた。

 

「そんなことはないんじゃないかな。一人の子の親として、自分の子供に会いたくない人間はいないと信じたいが……」

 

「事情が事情だけに拒絶される事もあるでしょう。俺の立ち位置はかなり微妙なようです。それに俺は別に相手の家族を壊してまで真実を知りたいとは思ってません。それはきっと母さんが嫌がる事で、避け続けてきたことだと思いますから」

 

 母さんがひとりで俺を育ててきた16年間にはきっとある意味があるのだと思う。

 それを俺の勝手な判断でぶち壊す事だけはしたくない。

 

「……ふにゅぅ、お兄ちゃん達は何のお話をしているの?」

 

 デザートを食べ終わった冬美ちゃんが不思議そうな顔をしている。

 まだ幼い彼女には分からない話だ。

 

「冬美ちゃん。家族は大事だろ?」

 

「パパのことは大好きだよ。ママはいなくなっちゃったけど」

 

「俺も母さんと二人暮らしで、大事に思っているんだ。どんな事情があっても家族は幸せでありたい。それが一番だよね?」

 

「うんっ」

 

 にこっと微笑みを浮かべる冬美ちゃん。

 そう、きっと俺の本当の父親にも冬美ちゃんのような子供がいて、家族がいるはずだ。

 その笑顔を壊す事はしたくない。

 

「……キミは優しい子だな」

 

「俺が優しい?それは違うと思います。ただ、俺は分からないだけなんです。生まれてから父親と言う存在を全く知りません。知らないものだから、どう触れ合うべきなのかも分からない。知らないのに、知りたくなる。複雑な気持ちです」

 

 俺がその父親と対面しても何を話せばいいのか。

 

「もしも、その相手に会えたらキミはどうする?16年もキミを放っていた彼を恨むかい?どんな事情があったとしても、キミや葉月と離れた彼は別の家族を作り、それなりに幸せを得ていたとしたら?」

 

 佐々木さんの言葉はどこか“確認”のように聞こえた。

 確かに過去を聞きたいが、別に特に責める気持ちもない。

 

「……普通なら恨むべきなんですか?さっきも言いましたけど、俺は別に憎んでいない。きっと俺の父親は、俺の事を知らずにいた可能性が高いです。母さんは自分ひとりで何でも抱えてしまう、そう言う人だから」

 

 多分だけど、相手の負担を考えて見を引いた、彼女はそうしたはずだ。

 今まで父親の事を何も言わなかった。

 それは彼女なりの責任と覚悟だったはず。

 

「それに妬みや恨みを抱くほど、俺は今の生活が不憫でも辛くもないです」

 

 俺と母さんの二人暮らしは言うほど悪い生活じゃない。

 生活は苦しくても、母さんは俺を愛してくれていたし、ちゃんと家族としての温もりも知っている。

 だから、俺は父親を恨む事がないんだと思うんだ。

  

 

 

 

「今日は本当にありがとうございました。食事、とても美味しかったです」

 

 俺は再び自分のマンションまで車でおくってもらい、彼に礼を言う。

 

「こちらも話が出来てよかったよ。機会があればまたキミを誘おう」

 

「それは楽しみにしています。また何か分かったら、教えてくださいね」

 

「あぁ。冬美もキミの事を気に入ったようだし」

 

 俺は後部座席の冬美ちゃんに声をかける。

 

「それじゃ、またね。冬美ちゃん」

 

「うんっ。お兄ちゃん、バイバイ。今度は私と遊んでね?」

 

「もちろん、次はそうするよ。じゃ、バイバイ」

 

 俺はそっと手を振って彼女も小さな手をこちらに振ってくれる。

 その反応が可愛いなって思いながら俺は佐々木さん達を見送った。

 

「しかし、お金持ちはすごいねぇ。あんな料理、初めて食べたし」

 

 本日のステーキは本当にすごく美味しくて感動した。

 テレビで高級料理を食べている光景を見て、一度くらいは食べて見たいと思っていたが、実際に食べるとマジで感動だ。

 

「それはそれでおいといて。問題はあの問題か」

 

 今回の事は母さんには黙っておいた方がいいと、佐々木さんからも口止めされていた。

 母さんの過去を探るような真似をするのは何だかなぁ。

 

「……俺の父親か。今、どこで何をしてるんだろ?」

 

 そう呟いた俺は携帯電話に琴乃ちゃんからのメールが来ている事に気づく。

 

「おっ、琴乃ちゃんからのメールだ。何だろう?」

 

 それは明日の朝9時に待ち合わせで、遊園地デートをする約束の連絡だった。

 遊園地に関しては俺もよく分からないので、彼女に任せていたのだ。

 

「明日、か。琴乃ちゃんとのデート、楽しみだなぁ」

 

 俺はそのデートを楽しみにしながら夜空の月を見上げる。

 黄色いお月さまが今日はやけに綺麗だ。

 

「明日のデートのために準備しなきゃ」

 

 気合いをいれて頑張るぞ、なんて思いながら俺は自分のマンションの部屋と帰る。

 いろいろと難しい事は考えてもしょうがない、なるようにしかならないってね。

 

 

 

 

 ……。

 佐々木は車を運転しながら自分の娘に声をかける。

 

「冬美。翔太お兄ちゃんはどうだった?」

 

「すごく優しかったよ?お話して、楽しかったもん」

 

「そうか。また会いたいか?」

 

「うんっ。今度は一緒に遊んでもらいたいなぁ」

 

 娘の言葉に彼は「そうだな」と頷いた。

 車の窓の外、流れていく景色を彼は見つめる。

 夜の街並みに視線を向けながら独り言をつぶやいた。

 

「もしも、僕がそうだとしたら……どんな顔をして彼に会えばいいんだ?」

 

 翔太は顔も知らぬ父親を恨んでいないと言った。

 だが、それは現実味がないからだろう。

 実際にそう言う状況になれば心境も変わる、と佐々木は感じていた。

 

「……葉月と話をしよう。まずはそれからだ」

 

 どんな責めでも自分は耐え抜かねばならない。

 それが人の親という責任、逃げる事のできない宿命。

 

「僕は、僕のすべきことをする。それだけだ」

 

 全ての始まりは17年前のある出来事。

 佐々木にとっても、それは大切な過去だった――。

 

次回からは葉月の過去編です。

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