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第28章:家族

【SIDE:井上翔太】


 俺は病院で知り合った院長の佐々木さんと一緒に食事をする事に。

 俺に用があると言った彼。

 そして、俺も彼には聞いておきたい事がある。

 佐々木さんはちょうど俺を身籠る前の母と友人関係にあり、親しい人物のひとり。

 過去を知る上で、彼ならば本当の父親が誰か心あたりがあるかもしれない。

 当時、交際していた相手。

 母さんは俺が誰かの隠し子であると言った。

 それはきっと浮気や不倫の類ではなく、事情で結婚できなかっただけだろう。

 もしも、まだ母さんに相手を想う気持ちがあるのなら……。

 俺が隠された存在である理由くらいは知りたいじゃないか。

 母さんの話では既に父親には別の家族がいるようだ。

 これがドラマなら、相手を憎んでその家族を壊してやりたい復讐劇が始まるのかもしれないが、あいにく俺にはそのような気持ちは微塵もない。

 別に今さら親になれと、俺を認めろとは言わない。

 ただ、真実が知りたいだけだ。

 俺と言う人間がこの世に生まれた、その意味くらいは知っておきたい。

 

「佐々木さんの車ってすごいですね」

 

「ただの趣味さ。大学生の頃から車だけが僕の唯一の趣味でね」

 

 高級車に乗り、颯爽と道を進む。

 さすが有名病院の院長、お金持ちは違うなぁ。

 

「すまないが、うちの娘も一緒に食事をしてもいいかい」

 

「かまいませんよ」

 

「僕の話は食事の後でいい。キミも何か僕に聞きたい事がありそうだ」

 

 俺の顔を見て彼はそう言い切った。

 さすがお医者さん、と言うか、俺も分かりやすい顔をしていたのかな。

 

「こちらも後でいいです」

 

「そうかい。それでは先に食事を楽しむ事にしよう」

 

 車は小学校の前に停車して彼の娘を乗せる。

 車に乗って来たのはまだ幼い少女、髪止めの赤いリボンがよく似合っている。

 彼は8歳の娘がいると言っていたな。

 

「あれ、パパ?このお兄ちゃんはだぁれ?」

 

「冬美、挨拶をしなさい。この人は……」

 

「俺は井上翔太。キミのお父さんの知り合いだ」

 

「こんにちは、お兄ちゃんっ!わたしは佐々木冬美(ささき ふゆみ)。小学校2年生なのっ。よろしくね、えへへっ」

 

 純粋で可愛らしい笑み、本当に可愛い女の子だった。

 

「冬美ちゃんと二人暮らしをしているんでしたっけ」

 

「まぁね。普段は家政婦を雇って、冬美の面倒や家の事を頼んでいる」

 

「家政婦……メイドさん?」

 

「ははっ。キミの年頃では美人なお姉さんがしてくれると嬉しいだろうけれど、ベテランのおばさんだよ。メイドとも呼ばないしね。ベテラン相手の方が僕も安心できるからさ」

 

 苦笑いをする彼、冬美ちゃんは「?」と不思議そうな顔をする。

 そうだよな、家政婦って名前はどうにも男のロマンの象徴であるメイドとは結びつかない。

 これも悲しい、所詮はメイドは妄想の文化でしかないのか。

 

「翔太君も葉月と二人暮らしだろう。何かと大変な事も多いだろう?」

 

「もう慣れました。さすがに子供の頃からずっとですから。母さんも仕事ばかりで、あちらの方が大変だと思います」

 

「葉月は看護師と言う仕事が好きなんだよ。本当に天職だと言えるほどにね」

 

 夜勤は辛いだろうが、本人は仕事自体は楽しそうにしている。

 人に関わる仕事は母さんに合っている。

 

「僕も妻と別れてから身にしみて感じたが、子供をひとりで育てると言う事は大変だ。葉月はよく頑張っている。本当ならば……いや、何でもない。もうすぐ店につくよ」

 

 彼は言葉を濁して、車の運転を続けていた。

 その横顔がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか?

 

 

 

 

 佐々木さんが連れて来たのはホテルにある高級フレンチのお店だった。

 こういう場所に全く縁がない俺にとっては驚くだけだ。

 

「あ、あの、ここですか?俺なんかがついて来てもいいんですか?」

 

「気にする事はない。ここはそれほど敷居の高いお店ではないよ」

 

 そうは言っても、一流店には違いなく、値段も張るだろう。

 先日に会っただけの相手を連れてこられる場所としてはこちらは緊張してしまう。

 俺達は席に案内されて、彼は適当に注文したが、俺はかなりビクビクしていた。

 

「……今日は月に数度の冬美との食事会なんだ。私も忙しくてね、たまの休日はゆっくりと冬美に付き合うようにしている」

 

「んにゅ?何、パパ?」

 

「何でもないよ、冬美。大人しくしていなさい」

 

「はーいっ」

 

 落ち着いた様子で席に座る彼女、しっかりとした娘だ。

 あの年頃の俺にこんな真似できたっけ?

 無理だな、すぐジッとできずに暴れていたかもしれない。

 そして母さんに怒られているだろう、そうに違いない。

 

「佐々木さん。どうして俺をここに?ただ、単純に友人の息子を連れて、というワケではなさそうです。わざわざ、俺の家まで来たんですから何か理由があったのでは?」

 

「……先にも言った通り、キミに尋ねたいことがあったのさ。少し込み入った話だ。よければ今は食事を楽しんでくれ。ここのお店の料理は美味しいよ」

 

「うぅ、俺はナイフとフォークは使い方がよく分からないんですが」

 

「お兄ちゃん、わたしが教えてあげるよーっ」

 

 俺の隣の席に座っていた冬美ちゃんはそう言って、使い方の説明をしてくれる。

 フォークとナイフの実践訓練中……これが中々難しい。

 普段から食べなれないのでよく分からん。

 

「あのね、ナイフの持ち方はこうするの。切りやすくするためにはこういう持ち方がいいってパパがよく言ってるの」

 

「こうか。なるほど、ナイフはこういう風に使うんだな。冬美ちゃんはよく知ってるな」

 

「えへへっ。ほめてくれてありがとう。次はフォークだけど……」

 

 ……さすが、金持ちの娘、しつけというか、教育がなっております。

 幼い見た目であなどるなかれ、金持ちの娘さん。

 庶民の俺とは次元レベルで大違いだぜ、金持ちの娘さん。

 俺と違いナイフとフォークはきっちりと扱える様子、さすがだ。

 さらに礼儀作法にマナーまで身についているとは……生まれの違いの恐ろしさに俺は人生を嘆きたくなる。

 ていうか、8歳児にナイフとフォークの使い方を教わる俺って人としてどうなの!?

 経験ないんだから仕方ないじゃない、ぐすっ。

 一般庶民には来る機会もないお店なのですよ。

 運ばれてきたメニューにも愕然させられる。

 

「こ、これは……すごい」

 

 それまでの人生で食べた事もない厚切りのステーキ。

 冬美ちゃんはお魚料理のようで、佐々木さんが選んでくれたようだ。

 

「冬美ちゃんは肉料理より魚料理が好きなんだ?」

 

「だって、お魚さんの方がヘルシーなんだもん。身体のためにもお肉よりお魚さんの方がいいんだよ」

 

「……何かあらゆる意味で、すごい子だなぁ」

 

 生まれも育ちもよければこれほど品位のいい子に育つのね。

 俺は感心しながら生まれて初めての高級ステーキを食べる。

 う、美味い……あふれ出る肉汁と厚みのある肉の触感が最高だ。

 一口食べてよく分かる、近所のスーパーで半額シールが貼ってある安物ステーキとは全然味が違うと言う事にびっくりだ。

 高いお肉ってこんなにとろけるものなのか、初めて食べたが感動ものであります。

 

「気に入ってもらえたようだね」

 

「は、はい。すごく美味しいですよ。それしか言えないくらいです」

 

「そうか。それならよかった」

 

 彼は俺の顔を見て微笑む、なぜか先ほどから俺の顔を見られて気恥ずかしい。

 大方、俺のマナーが悪いのだろう。

 食べ方のマナー知らないと言う事は大変に恥ずかしい事だと身に染みております。

 すみません、今日は勘弁してください。

 隣の冬美ちゃんなんかフォークの扱いもうまくて綺麗に魚を食べている。

 

「んにゅ?お兄ちゃん、どうかした?」

 

「冬美ちゃんは上手に食べるなぁって思っていたんだ」

 

「にゃー。ありがとう。お兄ちゃんっ♪」

 

 か、可愛いな、この子……無邪気な笑顔がたまらんぜよ。

 ……ハッ、俺にロリコン属性はありませんよ!?

 幼女の笑顔に癒されてにやけそうになる自分に少し幻滅した――。

 

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