第26章:次なるステップへ
【SIDE:井上翔太】
琴乃ちゃんが可愛くて仕方がない。
美少女だし、健気で、俺を慕ってくれる彼女は本当に最高だ。
恋人がいるという事がこれほど俺を幸せにしてくれるとは付き合う前まで思いもしなかったのだ。
「彼女っていいなぁ。世の中、恋人があふれる理由がようやく分かったよ」
「てめぇ、最近の惚気てばかりだな」
「惚気もするさ。今の俺は最高に幸せだからな」
友人の中山に毎回、呆れられるが幸福な俺は惚気くらいする。
先日は喧嘩して険悪だったが、それも過ぎ去り、距離も近づいた。
あと2、3日で待ちに待ったゴールデンウィークだ。
「GWだ。もちろん、彼女とデートする決まってる」
「誰もまだ何も聞いてないっての。……自分で言うな」
「いや、この時期の話題だからさ。ゴールデンウィークはどう過ごす?そう聞かれる前に答えてみた。短期バイトもしてお金も入ったしな」
この時のために遊ぶ金くらいはちゃんと稼いでいるのだ。
この長期休みが終われば、本格的にアルバイトも始めたい。
やっぱり、お金って遊びに行くためには大事だからな。
「……硬派でモテなかった頃のお前はどこに行った?彼女なんていらない、俺には必要ない。恋などに浮かれている人間はバカばっかりだ。過去のお前のセリフだ」
「過去の俺よ、お前は愚かだった。本当に恋って素晴らしい」
「ちくしょー!う、羨ましくなんかないぞ。俺は羨ましくなんかないからな」
拗ねる中山、まるで昔の俺を見ているようだ。
昔の俺は恋人ができた現実を知らなかった。
知らないゆえに勝手に嫉妬していたんだよ。
その愚かな過去の俺は忘れ、今の俺は恋を満喫する。
「デートはどこにしようかなっと悩み中なのだ」
「どこに行っても人だらけでつまらんと思うぞ」
「はいはい、負け犬の言葉はどうでもいいし」
余裕の発言に悔しがる中山。
その優越感に浸りつつ、デート計画を立てようとする俺は雑誌を眺めながらデートスポットを探そうとする。
「そういや、話は変わるけど、中山って昔の記憶が思いだせなかった事あるか?」
「……何だ、そりゃ?」
「例えば小学生時代に仲良かった友達とかの顔って思いだせなかったりしないか?」
「普通だろ、それは。昔の事なんてそんなに覚えてない」
中山は「それでも印象的な事は覚えているかな」と言い始める。
「小学校の時に好きな子がいてな、その子の事は今でも覚えてたりする。大抵の奴はそうじゃないか?何かひとつくらい覚えてるものがあるだろ。お前にはそう言うモノがないのか?」
「うーん。あるはずなんだけどさ。どうにも思い出せない」
子供の頃、俺は琴乃ちゃんに惹かれていたからな。
俺にとっての初恋をなぜ俺は忘れている?
「……何度考えても答えが出ない。何でだろうな?」
「よく分からないが、思い出ってのはキーワードひとつで思い出すものだろ?過去の記憶が思い出せないって言うのは検索ワードが間違えているんじゃないのか?ちゃんとしたワードだと簡単に開くものさ」
時々、昔の事をふと思い出す事がある。
それはきっと、ある特定の思い出に関するワードが一致したから思い出すのだろう。
「そういうの、何ていうんだったのか?エピソード記憶だっけ。物語的な記憶で覚えているから思い出せないんだ。何か思い出すきっかけを見つけられるといいな」
「あぁ、そうだな」
麻由美の事を思い出せたようにきっかけさえあれば琴乃ちゃんの事を思い出せるはず。
「でも、今さら思い出す事に意味はあるのか?それが今のお前に何の関係があるんだよ?小さな頃でも思い出して過去に浸るにはまだ若いだろ」
「ちょっとな……」
俺は誤魔化して話題を変えた。
脳内記憶の検索キーワードが間違っている。
本当にそうなのだろうか?
「……こういうこと、するのって久しぶりですね?」
帰り際、人々で賑わう繁華街。
俺と琴乃ちゃんは手をつないで恋人らしい恰好で歩いていた。
学校帰りにどこか寄るって言うのはあまりなかった。
というのは、駅側は俺たちの家の方角とは違うので仕方ない。
「まぁ、普段はどこかよって帰るってあまりしないからな。こういうの、する機会を増やしたい?」
「……先輩と一緒なら何でもいいです。こうしていられるだけで幸せですから」
小さな手から伝わる想いと温もり。
「ゴールデンウィークだけど、遠出しないか?」
「遠出ですか?」
「うん。琴乃ちゃんと一緒にどこか遊びに行きたいなぁって。まだ俺達ってデートらしいデートって数えるほどしかしてないじゃないか。俺的にはもっと回数を増やしたいんだ」
付き合い始めてもうすぐ3週間に突入する。
だが、デートはまだ水族館デートや買い物デートなど3回程度しかない。
ここはこの大型連休で回数を増やしておきたい。
あわよくばキスの次のステップに行ったりして……。
なんていう男の欲望もほんの少し抱いてはいるが。
「そうですね。遊園地、とか子供っぽいですか?」
「別に子供っぽくはないと思うけど、行きたい?」
「ああいう所に恋人同士で行ってみたいなって思っていたんです。先輩が嫌じゃないなら、ぜひ一緒に行ってみたいです」
琴乃ちゃんの口から遊園地と言う言葉がでるとは思っていなかった。
「いわゆる絶叫系とか得意な方?」
「……えっと、好きだって言ったら変です?」
「ううん。変じゃないけど意外だなって」
琴乃ちゃんは照れくさそうに笑いながら言う。
「怖いけど好き、ってタイプですよ。お化け屋敷も、絶叫コースターも」
「ふーん。そうなんだ?」
「翔太先輩はどうなんですか?苦手だったりします?」
俺に話を振られて、俺は何と答えればいいのやら。
知識で知っていても、現実を知らないのだ。
「一度くらいしか行ったことないんだよな、遊園地って……。子供の頃に遠足で行ったくらいで、実際の絶叫系ってのは体験した事がなかったりする。テレビとか雑誌とか情報としては知ってるけどな」
彼女相手なので嘘も見栄もはらずに俺は正直に答えた。
その子供の頃は絶叫系は身長の関係で乗れず、観覧車とかは乗った覚えがあるが……それくらいだ。
親も忙しくて、中々連れて行ってくれる機会もなかったから。
彼女は俺の家庭環境を思い出したのか口を片手で押さえる。
「あっ、ごめんなさい」
「……別に謝られることじゃない。母親も忙しいってのはあるけど、俺も特にいきたいと思ったことがなかったんだよ」
「先輩、私と一緒に行きましょう?ぜひ、行きたいです」
先ほどよりも積極的に俺を誘う彼女。
琴乃ちゃんって本当に優しくていい子だな。
「そうだな。琴乃ちゃんとならいい思い出もできそうだし」
「……ふふっ、楽しみにしておきますね。あっ、これ可愛い」
街角のお店で気に入った雑貨を見つけた彼女はそちらへと近づく。
ぷちデートを楽しみながら俺は彼女の横顔を見つめていた。
恋人が出来た事が俺にとっての一つの変化を生んだ。
それまでの自分を変える、新しい世界を切り開いてくれた気がする。
これからもいろんな事を積み重ねて関係を深めていきたい。
大好きな女の子、琴乃ちゃんと一緒になら何でもいい思い出になっていくような気がするんだ――。




