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第23章:幸福の実現

今回は琴乃視点です。

【SIDE:藤原琴乃】


 大好きな先輩を失うこと。

 私にとってはもう、それだけは一番失いたくない存在になっていた。

 私の大事な恋人。

 先輩との初めての喧嘩。

 きっかけは私の嫉妬から始まった。

 先輩は今でも私の事をちゃんと思い出してくれていない。

 それなのに、マユの事は一度で思い出した。

 それが悔しくて、悲しくて……。

 挙句の果てに、ふたりが私の知らない所で会っているとなれば勘違いもする。

 マユには好きな人が別にいるから、ありえないって言うのは後から冷静になって思い出すんだけど、その時はすごくびっくりして自分でも思わず怒りが出てしまった。

 

「……ふーん。なるほどねぇ。それがこっちゃんが私を敵対視して、睨んで責めまくった上に、最後は仲直りのキスシーンを見せつけた理由なんだ?」

 

「ご、ごめんってば。私が悪かったの。マユ、許してよ」


 学校の昼休憩になって、私はマユに謝罪した。

 親友を疑う事も、その、キスしているところを見せつけてしまったのも反省している。

 私にはつい思い込んだら突っ走ってしまう悪い癖がある。

 今日は先輩は友人と食事を取るらしく、久々にマユとふたりっきりだ。

 お弁当をつつきながら私達は雑談をかわしていた。

 

「別にもういいけどね。私がこっちゃんの彼氏を寝取る趣味はないって事だけ理解しておいて。むしろ、私はふたりの仲を良くするために動いていたのに。裏目に出たのも、何て言うか不運だわ」

 

「あはは……ごめんなさい。そう言えば、昨日はどんな場所を回っていたの?」

 

「うーん。高台の空き地とか、幽霊屋敷とか」

 

「うぐっ。幽霊屋敷にも行ったんだ?私、あそこは嫌な思い出しかないな」

 

 あの古びた屋敷はとても怖くて近づきにくい。

 今でもそうだ、あの前を通るのはすごく苦手なの。

 

「あの場所で前に鈴音と翔太クンが迷子になった事があったじゃない?」

 

「うん。結局、地下室で見つかったんだ」

 

「ワインセラーって言うのかな。ワインの保管庫だった場所に1日暗い閉じ込められてすごく怖かっただろうな。でも、翔太クンはそんな事も覚えてないんだって」

 

「……怖い記憶ほど封印したくなるからじゃない?」

 

 嫌な思い出ほど、思い出したくないのは普通の事だ。

 私はお茶を飲みながらマユの視線に気づく。

 

「……な、何?私を見て?」

 

「あのさ、昨日、翔太クンと一緒に見て回って、私はある事に気づいたのよ?」

 

「へぇ、何に気づいたの?先輩の秘密とかだったら教えて欲しいな」

 

 私がそう言うと彼女は真面目な顔をして言うの。

 

「――こっちゃん、翔太クンに嘘をついているよね?」

 

「え?あ、えっと……」

 

 思わぬ追求に私は言い淀んだ。

 私が彼にある秘密を隠しているのは事実だ。

 それをマユに気づかれるなんて。

 よく考えれば先輩と話をしていれば、その違和感に気づくのも自然なことかもしれない。

 

「……やっぱり、そうなの?こっちゃん、それでいいの?」

 

「だって、仕方ないじゃない。今さら言いだせないし」

 

「翔太クン、過去を思い出せなくて当然だと思う。だって……うぐっ!?」

 

 私は彼女の口を手で押さえていた。

 他人の口からでも聞きたくない事実だった。

 私にとって、その嘘は本当にバレるのが怖い。

 

「うぐ~っ。な、何するのよ」

 

「ごめん、つい」

 

「ついって何?もうっ、そんなので本当の恋人として大丈夫なの?過去は気にしないってふたりとも言うけど、一番気にしているのはこっちゃんじゃない」

 

「そうかもね。でも、私はそれでいいの。どうせ、私は……」

 

 昔の私では先輩の心を捕らえる事は出来ないから。

 今、新しい関係として作り上げた信頼。

 それだけで十分、本当の事を言えば過去は過去としてしまっておきたい。

 だが、そのことにマユはどうにも納得がいかないようだ。

 

「いいわけないじゃない?いつか嘘がバレたらどうするの?それに鈴音だって、もう少しで帰ってくるんでしょう?」

 

「……」

 

 間近に迫るGW、それが私にとっては憂鬱の種だ。

 

「……本当にいいの?嘘をつき続けたままで?それって、一番つらいのはこっちゃんでしょう?分からない。そんなの、意味がないじゃない?好きなんでしょ、それでいいの?」

 

「意味がない、か。そうだね、私もそう思う。逃げているだけなんだ。だって、怖いんだもん。今までの事が全部、壊れてしまいそうで……そう思ったら、どうしても、何もできなくて……」

 

 思い出まで、失いたくない。

 私は今のままでいい。

 不変、それを望んではいけないの?

 

「……逃げだと思うけどな。ホントに、翔太クンが好きならきっと正面から向き合っても大丈夫だと思うよ?」

 

「怖い……怖いの、私」

 

 嘘がバレた時、私達の関係が終わってしまう気がする。

 先輩は私を責めるんじゃないか。

 私の事を嫌いになってしまうんじゃないか。

 そう考えてしまうと何も考えたくない。

 マユは深いため息をついて言うんだ。

 

「こっちゃん、逃げるな。ちゃんと言えばいいじゃん」

 

「それが出来たら苦労しない」

 

「どうせ、初めは翔太クンが悪いんだろうけど。否定しなかった、こっちゃんも悪いんだよ?本当にそれでいいわけ?」

 

 マユの叱咤に私はシュンッとしながら、

 

「それでも、私は嘘をついてでも、少しでも先輩に私の事を覚えていて欲しかったんだ」

 

 彼の記憶にわずかでも残っていたかった。

 だから、私は嘘をついたの。

 

「……思い出の少女、そんな子がどこにもいないって知られたら、翔太クンどう思うんだろうね?鈴音も帰って来たら、嘘は突き通せないよ?今のうちにごめんなさいって言って、真実を告げた方がいいんじゃないの?」

 

「私、思うんだ。翔太先輩を信じたいって……」

 

「それって真実を知っても、こっちゃんに振り向いてくれるって言う事?」

 

 私は静かに頷く、終わりの時間は迫りつつあるかもしれない。

 それでも、わずかな可能性に賭けてみたいの。

 

「こっちゃんがギャンブラーなのは分かった。逃げてるなりに頑張って考えてはいるんだ?それが正しいかどうか、私には分からないけど、こっちゃんがそう決めているのなら私からは彼には何も言わないようにする」

 

「ありがとう、マユ」

 

 私はお礼を言うと「私よりこっちゃんが心配だよ」と彼女は言ってくれる。

 親友っていいな、と思いながら私は空を眺めていた。

 屋上から見える晴れ渡る青空が綺麗だ。

 

「嘘つきには天罰がくだるんだろうね」

 

 だけど、視界の先には雨雲が見え隠れしている。

 もうすぐ雨が降るかもしれない。

 

「――ごめんね、翔――ちゃん……」

 

 呟いた言葉は風に乗って4月の春の空へと消えた――。

 

次回からは新展開になります。

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